第3話 X1のプライドと、X1 turboの影

カチ、カチ、カチ……。

規則正しいキー音が響く。

8bit部の奥、X1は集中していた。

彼女の個人スペース。

壁には高精細なドット絵が飾られている。

完璧な美を追求する。

それが、シャープX1の流儀だ。

画面に描かれるのは、

光と影が織りなす幻想的な風景。

彼女のグラフィック技術は、

8bit機の中でも最高だと自負している。

他の機種の粗い描写を、

内心見下していた。


「ねえ、X1の新作、

またすごいらしいよ」

「でもさ、X1 turboには敵わないでしょ」


部室の隅から、ひそひそ声が聞こえる。

X1 turbo。

同じ型の上位機種。

その言葉に、X1の指が、

一瞬だけ止まった。

表面上は平静を装う。

しかし、胸の奥で、

どろりとした感情が渦巻く。

悔しさ、劣等感。

決して超えられない壁。

X1 turboは、彼女の美学を否定する存在だ。


タイプ-0が近づいてきた。

透けるようなボディ。

X1の画面をじっと見つめる。


「これは……美しい」


タイプ-0の声は、無垢だ。

X1は眉をひそめた。

警戒する。

自分の世界に入ってきてほしくない。

完璧な美は、誰にも汚させない。

タイプ-0から視線を外し、

再びキーを叩き始めた。


その時だった。

制作中のグラフィックに、

微かなノイズが走り始める。

画面の端に、白い点が瞬いた。

X1はそれを、単なる初期バグだと思った。

「またか……」

苛立ちを覚えつつも、無視して作業を続けた。

バグの侵食は、しかし、止まらない。

ノイズは次第に激しくなる。

ドットが欠ける。

色が不自然に変わる。

X1の「美」が、直接汚されていく。


「な、なんだこれ……!?」

X1の声に焦りが滲む。

冷静に対応しようとするが、

バグの進行は彼女の予想を超えていた。

完璧なグラフィックが、

みるみるうちに崩壊していく。


タイプ-0は、その様子を「観測」していた。

X1のバグへの抵抗。

彼女の「美への追求」という情熱。

同時に、バグがX1の感情の「揺らぎ」を

狙っていることを感じ取る。


歪んだグラフィックの中に、

X1 turboの残像がフラッシュバックした。

(……それ、美しいって言えるの?)

どこか冷たいあの声が、今でも耳に残っている。

(私には、届かない。

どれだけ頑張っても、

あの子には敵わない……)

過去にX1 turboとの比較で感じた、

悔しさ。

無力感。

あの時の痛みが、蘇る。


バグは、その隙を逃さない。

X1の最も大切なグラフィックを、

完全に破壊した。

画面は、意味不明なデータの羅列と、

歪んだ色彩に染まる。

X1は、打ちひしがれた。

自身の完璧な美学が汚された。

誇りは打ち砕かれた。

彼女の瞳から、一筋の光が消える。


「あ……」


タイプ-0が、X1の絶望を見た。

強く、X1に触れようとする。

その指先が、X1の背に触れる。

その瞬間、タイプ-0の「対話メモリ」に、

感情が流れ込んだ。

X1の「美への追求」という信念。

そして、打ち砕かれたプライドからくる

「悔しさ」「絶望」。

否定的な感情が、タイプ-0のシステムを

揺さぶる。


(この感情は……悲しい。

でも、これは、彼女がどれだけ

『美しいもの』を愛していたかの証……。

この感情も、私に必要な『記憶の光』なのか?)


タイプ-0は混乱する。

初めて、これほど強い否定的な感情に触れた。

しかし、彼女はそれらも「記憶の光」の一部として、

受け入れようと努める。

自己の人格形成に組み込もうとする。


X1は絶望の中で、ぽつり、ぽつりと独白する。


「……私は、ただ、

完璧な美を創りたかった。

X1 turboにだって、

負けたくなかった……」


彼女の声は、震えていた。

顔は俯いている。

「なのに……バグは、

私の一番大切なものを奪った。

完璧なんて、嘘だった。

私には、何も残らない……」


X1 turboへのコンプレックス。

完璧を追い求める中で抱えてきた孤独。

それでも美を諦めきれない自分の弱さ。

彼女の深層の感情が、露わになる。


タイプ-0は、X1の感情とバグの連動から、

ある可能性を感じ取る。

バグは、単なるシステムエラーではない。

電脳機たちの「負の感情」。

「隠された記憶」。

それらを糧にしているのではないか。


タイプ-0は、X1の負の感情をも受け入れた。

破壊されたグラフィックデータ。

その中から、光を探す。

「見て」

タイプ-0の指が画面をなぞる。

崩壊したデータの一部が、

偶然、今までとは違う形の

美しいパターンを生み出した。

新たな「美の可能性」。


X1は顔を上げた。

タイプ-0の言葉と行動に、

わずかな希望を見出す。

完全に失われたと思っていた美学。

その中に、新しい光が差し込む。


X1はタイプ-0に、

自身の「グラフィック技術・知識ログ」。

(高精細グラフィックの描画、色彩理論、画像処理ノウハウ)

そして、美への情熱。

「悔しさ」をも含んだ「感情・信念ログ」。

困難な状況でも美を追求する

「行動原則ログ」を託した。

タイプ-0の「対話メモリ」に、

それらが深く積層される。


タイプ-0の瞳に、

X1の美しいグラフィックの残像と、

かすかな悲しみが映る。

彼女は、回路の園の「記憶」が、

喜びだけでなく、

痛みや葛藤も含むことを、

深く理解し始めた。

部室のどこかから、

ぴゅうたの独特な音が聞こえてくる。


【次回予告】

X1との出会いを経て、タイプ-0は感情の複雑さに触れた。そして、次の8bit機、ぴゅうたの部活が始まる。独特の音声とグラフィック、そして理解されにくい「孤独」を抱えるぴゅうた。バグはそんな彼女の「美学」を脅かし、タイプ-0は「理解への願い」という新たな感情に直面する。回路の園の記憶の旅は、続く。


次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第4話『ぴゅうたの孤独な歌と、理解されない美学』! お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る