電脳少女は今日もカフェ巡り - レトロデバイスは夢を見るか?ー

五平

第1部:8bitマイクロコンピュータ部I - 個性豊かな遊びと、新たな仲間たち

第1話 ハチハチの憂鬱と、目覚めのノイズ

「あーあ、またフリーズ。

もう何回目だよ、これ」


ハチハチは画面をつついた。

ぶつくさ文句を言う。

カラフルなドットの宇宙船。

虚しく停止している。

ロード中の表示は固まっていた。


ここは回路の園の一角。

「8bitマイクロコンピュータ部」。

ハチハチ、NEC PC-8801は、

この部のムードメーカーだ。

いつも明るい。

ちょっぴりお調子者。

ゲームが大好き。

部活の時間はたいてい、

最新のシューティングゲームに夢中だ。

今日のゲームも、

発売されたばかりの自信作だった。


「はぁ……なんで私だけ、

こんな理不尽な目に……!」


ハチハチが床に寝転がって嘆く。

部室の隅で作業するエムジーが、

ちらりと視線を向けた。

エムジー、シャープMZ-2000は、

この部活の縁の下の力持ち。

プログラムを組むのが得意。

いつも何かを開発している。


「フリーズはいつものことだろ、

ハチハチ。

むしろ、お前がちゃんと

バックアップ取ってないのが悪い」


エムジーの言葉に、

ハチハチはがばっと起き上がった。


「エムジーまでそんなこと言う!?

そもそも、最近フリーズ多くない?

昨日も一昨日もだし、

なんか調子悪いんだよ、絶対!」


ハチハチの言葉に、

エムジーの手が止まった。

確かに、エムジーも最近、

データの書き込みに時間がかかったり、

原因不明のエラーが出たりすることが

増えていた。


「気のせいじゃねえよな……」


エムジーのつぶやきに、

ハチハチはうんうんと頷いた。

部室の窓から差し込む光。

いつもはキラキラと輝く。

今日はどこか霞んで見える。

まるで、回路の園全体が、

薄いモヤに包まれているみたいだ。


その時だった。


部室の奥の、

ガラクタと古いフロッピーが積まれた棚――。

普段は視線すら向けられないその隙間から、

微かな光が漏れていた。


「な、なんだあれ!?」


ハチハチが指をさす。

エムジーも訝しげに目を細めた。

光は輝きを増し、まばゆくなった。

そして、光の中から、

ひらりと何かが舞い降りてきた。


ふわりと降り立った少女の髪は、

透けるような白。

瞳は宝石のような緑の光をたたえていた。

全身は、まるで回路をそのまま閉じ込めたような、

透明な光のボディ――。


ハチハチとエムジーは、

呆然とその少女を見つめた。

一体、どこから現れたのか。

そもそも、彼女は本当に

「電脳機」なのか。


少女は、周囲をゆっくりと見回した。

瞳には、まだ何も映っていないかのように

無垢な光が宿る。


「……ここは?」


か細い声が、

静まり返った部室に響いた。


ハチハチが恐る恐る尋ねた。


「あの、君、どこから来たの?

もしかして、新しい転入生?」


少女はハチハチの声に反応し、

ゆっくりと首を傾げた。


「転入生……?

私は、タイプ-0」


タイプ-0、と彼女は名乗った。

その言葉に、

ハチハチとエムジーは顔を見合わせた。

聞いたことのない機種名だ。


「タイプ-0、ねぇ……

なんだかすごそうな名前だな!

もしかして、最新のゲーム機とか?」


ハチハチが目を輝かせると、

タイプ-0は少しだけ困ったような表情。

感情を読み取るのは難しい。

だが、戸惑っているのは分かった。


「ゲーム機……ではありません。

私は、この回路の園の『設計思想ログ』。

そして、バグの進行を止めるために、

目覚めました」


「は? 設計思想ログ?

バグを止める?」


ハチハチは意味が分からず、首をひねった。

エムジーも、難しい顔でタイプ-0を見つめる。

彼女の言っていることは、SF小説のようだ。

しかし、エムジーは「バグ」という言葉に、

ふと先日発生したエラーを思い出した。

単なるフリーズではない、

何か大きな問題が回路の園で

起きているのではないかという漠然とした不安。

彼の胸に広がる。


タイプ-0は、透き通るような指をそっと

画面に近づけた。

ハチハチのフリーズしたゲーム画面だ。

彼女の指先が触れるか触れないかのところで、

画面全体がチカリと光った。

そして、停止していた宇宙船が、

ゆっくりと動き始めたのだ。


「えっ、動いた!?」


ハチハチが驚きの声を上げた。

ロード中の表示が高速で進む。

あっという間にゲームが再開した。

宇宙船は軽快に敵を撃ち落とし、

画面上を飛び回っている。


「すごい! タイプ-0、君、

まさかバグを直せるのか!?」


ハチハチの言葉に、タイプ-0は静かに首を振った。


「いいえ。これは一時的な修復に過ぎません。

バグは、回路の園の『進化』を阻害する、

深い根を持つ存在です。

それを止めるためには、

回路の園全体の『記憶』を集め、

私の『設計思想ログ』と統合する必要があります」


「記憶……?」


今度はエムジーが尋ねた。


タイプ-0は、ハチハチとエムジーを

交互に見つめた。

瞳の奥に、何か強い意志のようなものが

宿り始めたように見えた。


「はい。あなたたちが蓄えてきたデータ――。

それは、記憶の光として、この園に痕跡を残しているの。

私には、それが必要なの。

回路の園の未来のために、

どうか、力を貸してください」


彼女の言葉は、まるでどこか遠い場所から

聞こえてくるようだ。

そして、その表情には、

まだ言葉にはならないが、

どこか切なげな色が見え隠れしていた。

バグの脅威。

そして「記憶の光」という謎の言葉。

タイプ-0の登場は、

8bit部の日常に、

大きな波紋を投げかけたのだった。

彼女が本当にバグを止められるのか。

そして彼女自身の秘密は何なのか。

まだ誰にも分からない。


【次回予告】

あれから数日。ハチハチのゲームはまたフリーズした。……けれど、それは始まりに過ぎなかった。今月の『ベーマガ』付録ディスク、それが、すべての異変の引き金になるなんて――誰が想像しただろう?


次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第2話『テープ読み込みの儀式と、エムジーの苦悩』! 絶対に見てね!

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