雨、終曲。

玄道

一章──彩

feroce

 雨と音楽は親和性が高い。


 ショパンの『雨だれ』、ドビュッシーの『雨の庭』。


 ロックでもそうだ。


 ドイツのHELLOWEENに『Where the Rain Grows』という名曲があるし、SLAYERの『Raining Blood』を収録したアルバム『Reign in Blood』が、雑誌『KERRANG!』で絶賛された話は、その筋では有名だ。

 

 私は雨宮彩あまみや あや、高校一年生。髪色は指定の黒。少しばかり痩せぎみだ。


 ──体重無いと、声量出ないって言うけど。

 

 放課後の教室。

 

 雨音に混じり、遠くから、軽音部の軽快なロックが聴こえてくる。

 

 ──何て曲だっけ? FMで聴いた……あ、Mrs.GREEN APPLEだ。

 

 試しにスマホで音を拾い、検索する。

 

『青と夏』?


 MVを再生する。

 

 ──青春だねえ……あ、感想が若くない。日頃洋楽やV系ばかりに浸かってるせいか。

 

 瑞々しい歌詞。

 

 私も、たまにはポップスも聴くべきかもしれない。

 

 ──何だかくすぐったい。

 

 ダウンロード済みの曲に切り替える。

 

 すぐさま爆音が耳を襲う。

 

 DIR EN GREYの『Agitated Screams of Maggots』。

 

 ──女の子の聴く歌詞じゃないよね、これ。でも私は好きだ。誰にも邪魔させない。

 

 曲が終わる。

 

 イヤホンの壁を、悲鳴が突破する。

 

 『朔-saku-』? 違う、女の悲鳴。

 

「ああああああ!!!」

「誰かああああああ!!!」

 

 ──変質者?

 

 掃除用ロッカーから金属の柄のモップを選ぶ。

 

 教室を飛び出した。

 

 ◆◆◆◆


 絶叫は、視聴覚室からだった。


 私はモップを握りしめ、息を詰めて扉を押し開けた。


 空気が一変する。


 生ぬるい血の匂いが鼻腔を刺し、床に広がる暗赤色の液体が蛍光灯の下で異様に鈍く光っている。


 机や椅子は整列されていたが、壁や窓には血飛沫が飛び散っていた。


 視線をホワイトボードの方に向けると、そこには、まともに直視できないほど凄惨な遺体があった。制服は裂け、四肢は不自然な角度で折れ曲がり、腹部からは内臓が溢れ出している。


 まるで獣に食い荒らされたような傷跡。指先や髪の毛には、まだかすかに震えが残っているように見えた。


 教室の隅では、数人の生徒が壁に背を預け、蒼白な顔で震えている。


 一人は泣き叫び、もう一人は口元を押さえて嘔吐しそうになっていた。


 誰もがこの現実を受け入れられず、ただ呆然と立ち尽くしている。


 私の鼓動が耳の奥で爆音のように響く。脚がすくみ、喉がからからに渇く。


 何か言葉を発しようとしたが、声にならない。頭の中が真っ白になる。


 そのとき、不意にコンポから音楽が流れ出した。


「……『ボレロ』?」


 繰り返される旋律が、血と恐怖に満ちた空間を支配していく。


 誰もが動けず、ただ音楽だけが、終わりなきリフレインで私たちを包み込んでいた。


 それが、私の終わりの始まりだった。


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