第14話 事件発生
金曜の午後。
社内の空気が、どこかざわついていた。
普段は静かなフロアに、ざわめきと緊張が漂っている。 誰もが何かを感じ取っているようだった。
そんな中、慶太郎の端末に一通のメールが届いていた。
差出人は、ララ・ノア。
件名は「至急、特別会議室へ」。
本文は短く、ただ「来て」とだけ記されていた。
慶太郎は、胸の奥に微かな不安を抱えながら、指定された会議室へと向かった。
扉を開けると、そこにはララ・ノアがいた。彼女はパソコンに向かい、険しい表情でキーボードを叩いていた。 その姿は、まるで戦場に立つ剣士のようだった。
「何か……ありましたか?」
「社内も、何だか慌ただしいようですが……」
ララ・ノアは、視線を外さずに一言だけ返した。
「そこに座って」
慶太郎が椅子に腰を下ろすと、正面の大型モニターに資料が映し出された。
それは、鉱物資源の流動性を示すグラフ。 色分けされたカラフルな曲線が、異常な動きを見せていた。
「最近、迷宮で異変が起きています」
ララ・ノアの声は、冷静でありながら、どこか切迫していた。
「これは、迷宮内で発掘される鉱物資源の流出を示す報告書。本来、精霊との契約者しか触れられないはずの鉱物が、市場に流れているの」
「つまり……密猟者が?」
「ええ。迷宮内に何者かが侵入し、精霊の領域を荒らしている。妖精たちが困っていて、精霊の力も乱れているわ」
ララ・ノアは、資料を切り替えながら言葉を継いだ。
「精霊の封印が破られ、鉱物が持ち出されている。しかも、うちの会社以外に正式な契約者はいないはずなのに……」
「社外の組織が関与している可能性が高い。あるいは、内部の誰かが……」
その言葉に、慶太郎は息を呑んだ。
自分の首にかかるライセンスプレートが、昨日から微かに熱を帯びているのを思い出す。それは、精霊が何かを訴えている信号なのかもしれない。
「ボクに……何かできることはありますか?」
ララ・ノアは頷き、ゆっくりと目線を合わせた。
「明日、予定していた迷宮探索。目的を変更して、密猟者調査を含めたクエストに切り替えます」
「まずは、現地の調査。わたしに付いてきて」
彼女は鼻にかかった眼鏡を指で持ち上げた。その仕草は、どこか儀式のようで、慶太郎の胸に緊張が走る。
「今回の事件……密猟者の中には、元契約者、あるいはうちの社員が関与している可能性がある」
「つまり、君と同じような立場の者が、精霊を裏切っている」
「精霊と正式な契約を結んだあなたなら、何らかの手がかりを得られるかもしれない」
「ついでに、君の対応力の一端も確認できるから」
ララ・ノアの言葉は冷静だったが、その奥には確かな信頼が感じられた。
慶太郎は、彼女の顔を見つめた。
その眼鏡……飾りなのか? エルフ族は視力が人間とは比べものにならないほど良いと聞いたことがある。それでも、彼女は眼鏡をかけている。何かを隠すためか、あるいは……何かを見ようとしているのか。
「ねえ、聞いてるの?」
「は、はい。行きます。精霊たちの声を、無視するわけにはいかない」
ララ・ノアは髪を耳の横に流しながら言った。
「では、明日。『願いの泉の広場』で待ち合わせましょう」
「そこから、密猟者の痕跡を探ります」
彼女の言葉に、慶太郎は静かに頷いた。
ララ・ノアとの仕事。また、あの剣士姿を見られるのかもしれない。
しかし、秘書課の仕事って……こんなこともするのか?
慶太郎は、思い浮かんだ二つの思考を整理するように彼女を見つめ、目を細めた。
迷宮の奥で、何が起きているのか。精霊たちは、何を訴えているのか。そして、自分は――何を選ぶのか。
その答えは、明日、迷宮の中で見つかるかもしれない。
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