第2章 迷宮の二人

第13話 会社の日常


 彼女と土曜日の待ち合わせまで、あと5日。

 それだけなのに、慶太郎の心は妙に落ち着かなかった。


 特別会議室で秘書課のエルフ嬢であり女剣士でもある、ララ・ノアと言葉を交わしてから、彼女の存在が頭から離れない。

 会社の廊下、エレベーター、休憩室――なぜか、やたらと彼女を見かけるような気がする。今まで彼女の存在すら知らなかったというのに……。


 秘書課のエルフ嬢である彼女は、白銀の髪にタイトなスーツ姿。

 スッと伸びた姿勢、歩く姿はどことなく威厳が滲む。

 彼女のあの横顔を見るたび、慶太郎の胸は高鳴りを覚える。


(昨日のララ・ノアさんと……同じ人物だよな……?)

(彼女はこちらの存在には、気づいていない)

(彼女からは何も言ってこないし、こちらから声もかけない……)


「おいおい、慶太郎。最近のお前、あのエルフ嬢ばっか見てないか?」


 そんな慶太郎の様子に、同僚の田中がすかさず反応する。


「見てない、見てない!」


 と慌てて否定すのだが……。


「いやいや、見てるって。彼女を見る慶太郎の目、泳いでるぞ」

「まさか……恋か? 迷宮の白いエルフの君じゃなくて、現実のエルフ嬢か?」


「違うって……!」


 慶太郎は顔を赤くしながら、モニターに視線を戻す。

 だが、気づけばまた彼女の方へ目が向いてしまう。


 ◇◇◇


 水曜の午後。

 慶太郎が給湯室でコーヒーを淹れていると、背後から声がした。


「慶太郎クン。最近、よく秘書課のエルフ嬢の方を見てるわね」


 振り返ると、上司である雨宮あずさが腕を組んで立っていた。

 その瞳はいつものように、もの言いた気でがあり、そしてどこか楽しげだった。


「え、いや……その……違うんだ」


「ふふ。まあ、あの子は人気あるからね」

「でもまさか、君がエルフの女性を気にするとはね」


 慶太郎は、コーヒーの紙カップを持つ手が少し震えるのを感じた。


「迷宮探索……気を抜いていると、ケガするわよ」


「それと、週末の件。君がどんな結果を出すか、私も楽しみにしているのよ」

「報告、忘れないでね」


 雨宮主任はウインクをひとつ残して、給湯室を後にした。

 慶太郎はその背を見送りながら、心のざわめきを抑えきれなかった。


(ララ・ノアさんだけじゃない。主任も何かを知ってる……?)

って、いったい……)


 ◇◇◇


 木曜の朝。

 慶太郎は、またしても給湯室で雨宮主任と鉢合わせた。

 彼女はいつものように、鋭い視線と完璧なスーツ姿でコーヒーを淹れていた。


「慶太郎クン、君、最近ずいぶん浮ついてるわね」


「えっ……いえ、そんなことは……」


 慶太郎は慌てて否定するが、雨宮主任はニヤリと笑う。


「秘書課のララ・ノアさん。君、よく目で追ってるでしょう?」


「……見てません」

「いや、ちょっとだけ……」


「ふふ。まあ、わかるわ。あの子、綺麗だものね」


「でも、気をつけて。彼女は、特別な部署の女性よ」


 慶太郎の心臓が跳ねる。


(やっぱり……雨宮、ララ・ノアさんとの事、迷宮の事、何かを知ってる)

(それを知ってて、警告してる……?)


「雨宮っ! 君は彼女の事、迷宮の事、何か知っているのか?」


 彼女は一瞬、きょとんとした顔をしてから吹き出した。


「違う違う。そういう意味じゃないのよ」

「ララ・ノアさん、秘書課でも社長付きの特殊な仕事を担当してるのよ」

「うちの会社の出資者であるエルフランドとの関係もあるし、社長付き秘書であれば、何か色々と知ってるかも知れないけど」


「……え?」


「それに、私が言った特別な部署って、ただの社内のことよ」

「君が勝手に深読みしてるだけじゃない?」


 慶太郎は、顔から火が出そうだった。


(完全に勘違いしてた……!)


 雨宮主任はコーヒーを一口飲み、満足げに微笑んだ。


「でも、君の反応、面白かったわ」

「慶太郎クンって、意外と純情なのね」


「そんなに迷宮探索って楽しいのかしら?」


「それに、だなんて……なつかしい」


 と彼女は前髪を掻いた。


 その言葉に、慶太郎は何も言い返せなかった。

 ただ、胸の奥で彼女が見せる二つの顔が頭の中に浮かび、ますます意識してしまう自分がいた。

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