第4話 エルフランド
土曜日の朝は平日より早く目をさましてしまう。
いつも決まりのルーティーンを済ませると、今日はビジネススーツではなく、迷宮探索の服装に着替える。
専門店で購入したシャツにズボン、革のベルトとグローブ、足元には頑丈なブーツ。そして全身を映した鏡を見ながら、買ったばかりの対衝撃性を施したハーフコートを羽織る。
「やっぱり、これだよな」
好みのスタイルは人それぞれだが、映画の主人公を想わせるノスタルジックなスタイル。ここ一番、お気に入りのコーディネートの装いだ。
準備はOK。
慶太郎は携帯用の香草クッキーを一口かじると、鏡に映った自分に向かってコートの襟を立てる。
◆◆◆ エルフランド
早朝の駅はゆったりと人影もまばら。
平日とは異なる乗り場からモノレールに乗り、反対方向の駅へと向かう。
『エルフランド』そこは大森林の南西に位置する場所に建設された、大森林の入り口の一つにあたる。
もともと人間とエルフが互いの文化交流を広げる事を目的として、大森林の一画を開放し、レジャー施設として運営されている場所だ。
園内では、自然さながら妖精が住む森やエルフの生活、住人たちの食べ物などが体験できる。
癒しの場として、休日の家族の遊び場として、またデートスポットとしても人気が高い。
森の木々や精霊によるパワースポット、願いが叶う泉などなどSNSでは話題となり、精霊の御守りグッズは、お土産としても人気だ。
最近では、「
森の上を滑るように走るモノレール。
大森林の外縁に沿って暫く走行していくと目の前に大きなゲートが現れる。
◇◇◇
園内の入り口に立った瞬間、目の前に広がる光景に胸が高鳴る。
目の前に広がるエルフランドの大森林は、まるで絵画のように美しく彩深く神秘的な光景を魅せてくれる。
まだ開門時間前だというのに入場門には子供たちを連れた家族連れや大森林で体験を楽しもうとする人々の並ぶ列を見かける。
しかし慶太郎は、そんな家族たちを横目に専用ゲートへと向かう。
エルフランドのもう一つの顔。「迷宮探索」への入り口。
大森林の地下に眠る迷宮。そこでは、大人の迷宮探索が体験できる。
◆◆◆ 受付嬢
「迷宮探索」の入り口である受付のカウンターの前には、既に数組の探索者が受付を待っていた。
剣士や魔法使い、弓使いの姿をしたパーティー。個人個人がイメージする「異世界」の衣装に身を包んだ人々が集まる。他にも女の子同士のカップルや黒装束の忍者風の恰好をした人など、様々な衣装を身に付けた人々が列に並んでいる。学校や職場の仲間で集まった風の仲良し感が楽し気であり、ふと学生時代の文化祭を思い出す。
彼らに続き、さっそく受付をする。
「おはようございます。今日も素敵な探索日ですね」
目の前の受付嬢がニコリと笑う。
彼女もエルフなのだろうか、整った顔立ちに緑色の大きな瞳が目をひく。
どこか人間離れしたような薫風を漂わす不思議な感じの女性である。
「お一人さまですね」
「では受付を行いますので、この受付用紙の項目に記入をお願いします」
彼女は記載が終わった内容を確認してうなずく。
そしてノートサイズの石板を取りだした。
「では、本日の精霊と契約を結びますので、この石板に契約のサインをお願いします」
微笑みながら言う彼女は、石板の契約書を差し出した。
渡された石板の契約書には、古代エルフ語で精霊との誓約内容が記されている―――らしい。
誓約書にサインする事で、精霊との一日フリーの誓約を交わすことができる。
「本日の契約は『水の妖精』がご希望でしたね」
「迷宮を案内するナビ料と保険料は申し込み料金に含まれていますので」
「発見したアイテム類は、お帰りの時にこちらの受付で鑑定と換金いたしますので窓口までお持ち下さい」
簡単な説明を受け、深呼吸を一つした慶太郎は、羽根ペンを取り名を書いた。
「では、契約の準備が整いましたら御呼びしますので、お掛けになってお待ちください」
◆◆◆ 精霊契約
暫くすると受付嬢が慶太郎の名を呼ぶ。
「契約の魔法陣へご案内いたします。こちらへどうぞ」
とゲートへと案内される。
淡い光のさすトンネルを抜けると、そこは迷宮の森の入り口。
静寂に包まれた森の中、苔むした石の祭壇に一人立った。
「宜しいですか」
「それでは契約の儀式を始めます」
受付嬢は静かに言いながら、右手に持った枝杖をゆっくりと振りながら詠唱を唱え始めた。
すると森の空気が震え、祭壇の中央におかれた契約書が淡い光に包まれ始めた。
「精霊よ、応えよ。我が名に応じ、姿を現せ」
彼女の詠唱に導かれるように光が集まり、空中に小さな人影が浮かび上がる。
その姿は、まるで星屑が踊るように、光の粒子が空中を舞い、やがて一つの輪郭を描き始めた。
詠唱を唱え終えた彼女は、枝杖を胸元に抱いて、それを静かに見守っていた。
手の平ほどの輝きが、やがて羽根を持った小さな少女の姿に変化していく。
「あれっ?」
受付嬢が思わず驚いた顔をして、小さく声をあげた。
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