第5話 光の妖精

 集まる光はやがて羽根を持った小さな少女の姿に変化していく。


「あれっ? あれれっ」


 受付嬢が驚いた顔をして、小さく声をあげた。


 精霊との契約―――それは水の妖精、火の妖精、風の妖精、土の妖精と属性の違う妖精たちがランダムに現れ、妖精の性格や性質によって難度の異なったクエストが契約者に割り当てられる。そのクエストによって発見するドロップアイテム、すなわち迷宮探索の報酬も出現する妖精によって変わってくる仕組みだ。


 自分の好みに合わせて、あらかじめ契約する希望の妖精をお願いするのだが……。


(金色に輝く妖精?)

(これって、けっこうレアな妖精なのか?)


 現れた妖精は羽化したばかりの蝶のように背中の羽をはばたかせ、クルクルと軽快に舞踊りながら慶太郎の目の前に姿を現した。


「はあーぃ。あたしは、光の妖精フィフィ」

「よろしくねっ」


 と、その現れた妖精は愛らしくウインクして見せた。


 神聖な契約の儀式の雰囲気に浸っていた慶太郎だが、目の前に現れたテンション高めの妖精に戸惑う。


「君が……今日のパートナーかい?」


 目の前に現れた妖精フィフィは腕を組み、慶太郎をじっと見ている。


(やはり、今までの妖精とはちょっと違う)


「何だか、この子。弱そうね」

「あたしのクエストは、他の妖精たちに比べたらハードだよ」

「ちゃんと、あたしに付いてこれるのかな?」


 妖精が発した言葉に、受付嬢が慌てて近寄って来る。

 手に持つ枝杖の先で妖精フィフィの頭をコツンッと叩いた。


「あなた。何度言ったらわかるの?」

「お客さまの前では、お行儀良くしなさいって教わったでしょ」


「ちぇっ。痛いじゃん……」


 フィフィと名乗った妖精は頭をさすりながら、そっぽを向いた。


「お客様っ。大変申し訳ございません」

「この妖精、今日が初めての仕事でして……」


 受付嬢は慶太郎に深々と頭を下げる。


「この妖精、少々口が悪いところはございますが、仕事はちゃんとできますので……」

「もし、お客様が気に入らないようでしたら妖精のも可能ですが……」


 そっぽを向いていた妖精が慌てた様子で飛び上がる。


「ま、まっ、まっててば!」


「やります。やります」

「あたし、ちゃんとお仕事やりますから!」


 目の前で二人のやり取りを見ていた慶太郎は、思わず苦笑する。


「ボクは全然かまわないよ」

「こう見えても、けっこう体力には自信があるんだよ」

 

 慌てる妖精の前に右手を差し出すと、妖精の表情がぱっと明るく切り替わった。 

 いたずらっ子のような目で、慶太郎の顔を見る。


「ふーん。それなら、まあいっか」

「よろしくね。契約者くん」


 受付嬢はホッとしたように微笑み、枝杖を胸元に戻した。


「それでは契約は続行ということで、宜しいですか」


「それではどうぞ今日一日、迷宮探索をお楽しみください」


 その瞬間、フィフィの羽根が光を放ち、慶太郎の胸元のプレートに精霊の紋章が刻まれる。


 ―――光の精霊との契約は、こうして成立した。


 そして羽根をふわりと羽ばたかせ、慶太郎の肩に小さな妖精がチョコンと座った。


 妖精フィフィが耳元で囁く―――。


「汝の剣に、我が光を。汝の影に、我が導きを」

「でもね、裏切ったら……光だって怒るんだからね!」


「じゃ、行こっか。契約者くん」

「今日のクエスト、ちょっとだけハードだからねっ!」 


 慶太郎は肩に座った小さな妖精をちらりと見て、軽く笑う。


「今日はよろしくな、フィフィ」

「光の妖精の力、期待してるよ」


「まっかせなさーい」

「今日は、を見つけて、君のカバンをキラキラにしてあげるっ」


 フィフィは小さな手を腰に当て、得意げに胸を張る。

 その背中の羽が、光を受けて七色に輝いた。


 ◆◆◆迷宮へ


 石壁に囲まれた通路は、まるで時間そのものが凝縮されたような静けさに包まれていた。慶太郎が一歩踏み出すたび、靴底に石床を踏みしめる硬い音が、奥へ奥へと反響していく。


「うわっ……ここ、ちょっと埃っぽいね」


 肩に乗ったフィフィが鼻をつまみながら、羽根をふわりと揺らす。七色の光が壁に映り、古びたレリーフが一瞬だけ浮かび上がった。


 壁には、風化した紋章と精霊語の刻印が並んでいる。慶太郎が手を伸ばすと、指先に冷たい感触が伝わる。


「これは……『導きの門』って文字が書いてあるのかな」

「うん、そうだね。ここから先は、契約者しか通れないって意味だよ」


 通路の奥から、かすかな風が吹き抜ける。風ではない、何かの気配。


 フィフィがピタリと動きを止め、耳をすませた。


「……聞こえた? 今、誰か笑ったような……」


 慶太郎の肩が一瞬、ビクリッと跳ね上がる。


「あまり脅かさないでくれよ……」と眉をひそめた。


「行こう。光のしずくが、きっとこの先にある」


——それは、迷宮の奥に眠る、光属性の精霊だけが見つけられる希少な結晶。


 フィフィが羽根を広げ、通路の闇を照らす。

 その光に導かれるように、二人は迷宮の奥へと歩みを進めた。

 

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