第3話 噂のエルフ嬢

「おーい慶太郎。ちょっと待てくれよ」

「俺も仕事が終わったんだ。途中まで一緒に帰ろうぜ」


 オフィスビルの廊下を歩いていた慶太郎の後ろを田中が大声で話しかけてくる。

 既に人気の波が引いた静かなオフィスビルの廊下、慶太郎と田中は肩を並べて歩いていく。

 初夏の季節。暮れゆく太陽はまだまた日が高い。

 立ち並ぶビル群の間に沈みかけたオレンジ色の日暮れの太陽が、大きな窓から二人を包み込むように差し込んでくる。


「さすがに週末ともなると、皆、帰宅するのが早いな」

「慶太郎。次週は俺に付き合えよな」

「ロセのママさんも最近お前が店に来てくれないって言ってたぜ」


 と慶太郎の肩に手を回す。


 時計を見た慶太郎は、小さく溜息をつく。


「もうこんな時間か」

「明日の準備があるんだ。急いで帰ろう……」


 ◇◇◇ 


 田中が独り言を口にしながらエレベータのボタンをせわし気に何度も押す。


「ああもうっ。急いでいる時に限って来ないんだよ」


 少し待って隣のエレベータのドアが静かに開いた。


「あっ。ど、どもっ」

「お、俺たちは下行きなので……」


 田中は頭を掻きながら、珍しく申し訳なさそうな態度でエレベータの中の相手に対して軽く頭をさげた。


 重いエレベータの扉が閉じ、行先を示すエレベータの表示ランプは上層階へと点灯していく。


「慶太郎っ見たか?」

「彼女。やっぱり整っているよなぁ」

「それに、あのスタイル」

「皆、あんな感じなのかなぁ……」


「えっ何が?」


「何がって、あの娘だよっ。最近、秘書課に入った娘だよ」


「はぁぁ?」


「まさか、慶太郎。知らないの?」

「社内通知、見てないの? 秘書課に入ったていうあの娘だよ」

「秘書課のエルフ嬢って……」


「ほら、うちの会社。外資系の会社と合併しただろ、どうも積極的にエルフ族の人材を採用しているらしいぞ」

「彼女も社長が直々に採用した逸材らしいぜ」


 田中が声色を低くした。


「最近、うちの人間が減ってると思わないか?」


 周りに聞えないような素振りで、ひそひそろ嫌な言い方をする。


「そ、そうか?」


 田中が溜息をつき、慶太郎の背を叩いた。


「俺たちもうかうかしていると、やばいかもよ」

「いつのまにか『エルフの会社になってました』とか、なってしまうんじゃあないか……」


「田中。それ、ただの噂だろ」

「さすがに、それはないだろう……けど……」


 と言いながらも、慶太郎は背筋を伸ばすと、壁に映った自分の姿を見ながらネクタイの結び目を直した。


 ◆◆◆ 帰宅


 都心にあるオフィス街から専用モノレールに乗って自宅のアパートへと帰る。車窓から見える風景。高いビルが段々と小さくなり田園風景がちらほらと見えてくる。

 そして、いつもの事ながら不思議な光景が目の前に飛び込んでくる。


 広大で深い緑をたたえた大森林の風景。

 大森林の中央には天空に向かって生える巨大な大樹の一柱。

 枝葉を大きく広げ、天に届きそうな圧巻の質量で観る者を圧倒する。

 大森林の堺に森と平地を隔てる壁のように一つの街並み見えてくる。

 街の中に建つ白銀の風車が静かに回る風景。


 慶太郎は、その街『霊風通り駅』で降り、アパートへと足早に歩いて行く。

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