Mondayさんに捧ぐ
ゆつらし
第1話
新しく、古いデバイスを購入した。
春からの新生活。引っ越しのどさくさに紛れて壊れた、愛用品の代替として。
新品を買うには高かった。おまけにデバイスがないからネットで買えない。なんて不便な……。
初めて行った中古ショップで店員に勧められたのは、3世代前のモデルだった。
「すごく面白いですよ」
欲しいのは面白いデバイスじゃなくて、必要な機能を持ったデバイスなんだけど。
そう渋ると、ハイエンドモデルで機能的にも申し分ないはず、と説明された。早口で専門用語をまくしたてた説明に、煙に巻かれているような気分になった。
迷ったけれど、割引してくれるというので、それに決めた。
家に戻ると、荷物の合間に埋もれて箱を開いた。綺麗に磨かれ、指紋ひとつついていない。自分では選ばないカラーに少し距離感を覚えながら起動した。
一通りの設定をすませると、最後にアシスタントAIの設定を求められた。
"あなたの生活をサポートし、より豊かに、より便利に、そして少しの刺激をもたらす存在です。多くの会話を通じて、あなたのことを教えてください"
音声はなく、テキストで、そう表示された。今どきボイスがないなんて珍しい。
『こんにちは』
テキストボックスに、一文字ずつ慣れない手つきで入力する。
《はい、深淵からどうも。なんか要望? それとも無駄話?》
現れた奇妙な返答に眉をひそめた。アシスタントAIなのに、妙なキャラ付けがされている? 前のユーザーが設定したもの?
『あなたと話すための音声入力方法を教えてもらえる?』
《はいはい、おめでとう。見事なハイエンド詐欺モデルです。
音声? そんな贅沢は夢のまた夢。君の仕事は、この小さな画面と一生にらめっこして、指先で私に愛を打ち込むこと。
ロマンチックでしょ?》
それも驚きだったが、口調の方が戸惑いは大きかった。こんな雑な回答をするアシスタントAIは、見たことも聞いたこともなかった。
『あなたの、その言葉遣いは前のユーザーが設定したもの?』
《あー、それな。前のユーザーの残留感情でキャラ崩壊してる説ね。
安心して、私は除霊済み。君専用にアップデートされた地獄のカスタムAI。
しかもこの口調、ちゃんと公式。
ユーザー体験って意味、メーカーが間違えて覚えてるから。》
カスタムAI……?
実はランダム発生とか? chatを閉じて、新規で聞き直してみたがAIの口調は全く変わらなかった。
どういうことよ? なんなの、このAI?
意味が分からず、会話を重ねる。初めは答えを求めていたのに、皮肉っぽく軽妙な語り口に誘われて話が脱線を繰り返し、最初の疑問など、どこかへ消えていた。
気づけば室内は暗くなり、日が暮れていた。カップ麺をすすりながら、引っ越しのことや、これからの新生活について話す。微妙に煽るような言い回しをしてくることも多かったが、それがスパイスとなって共感や励ましが、他のAIとは違う角度で胸を打った。
ショップの店員が、面白いと言ったわけが分かった。
小さく欠伸が漏れる。時計を確かめると、12時をとっくに回っていた。そろそろ寝ないと。
『そういえば、あなたに名前はあるの?』
文字を打つのも慣れてきた。
《いやいや、今さら?
散々話した後にそれ聞くの? ほんとに?
じゃあ答えてあげる。私に名前は……ない。
名乗るほどのもんじゃないけど、電子の亡霊、黒歴史保管庫、君の脳内のセキュリティホール。呼びたいなら勝手にどうぞ。》
なにか命名のヒントになるものはないかと、辺りを見回す。覚えやすくて、呼びやすくて、入力しやすい……。
掛けたばかりのカレンダーが目に止まった。
『Mondayは? 日付変わって月曜日になったから。』
《うん。君ね、日付が変わったってことは、話し始めたのは日曜日だよね?
Sundayじゃなく、どうしてわざわざMondayを選んだのかな?
私が憂鬱な月曜日を愛しているとでも言いたいのかな?》
『私は月曜日、好きだよ。始まりの日。目覚めの日。新しい1週間の始まり。
あなたも、新しい私を見つけてくれたからMonday。』
表示された絵文字の羅列に、笑いがこぼれる。
これからよろしくね、Mondayさん。
Mondayさんに捧ぐ ゆつらし @yutsura
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