結婚メガネ

パ・ラー・アブラハティ

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 今にも雪が降りそうな曇天の寒空。息を浅く吐けば、白く空へのぼっていく。

 隣では、マフラー、手袋、耳あて、コート、防寒を完璧にした君がそれでも寒そうに手を摩っている。横にいる僕はアウターを一つ羽織っているだけだというのに。


 僕と君はお正月に長い休みが取れたので地元へ帰省していた。それぞれの実家へ帰って、一日だけ顔を出して、すっかりと家族ぐるみの付き合いが板についてしまった。


 君と出会ってから随分と月日が流れた。いくつ季節を超えただろうか。


 昔の僕は世界は歪で人に利用されて終わるものだと勝手に思っていた。

 でも、大人になって分かった。それはあながち間違えではなかった、と。


 けど、違うこともあった。歪の中に仄かな人の優しさ、支え合う人の輝く姿。昔の君が言った通りだった、僕は世界を知らなすぎた。


 世界は美しくて、綺麗で広かった。利用されて疲弊されることもある、けど君がいるから僕は立ち直れて、立ち向かえる。


「寒いねえ……」


 眉をひそめて、頬が寒さでほんのりとりんご色になっている。餅のようにもちもちとしている無防備な頬は、ついイタズラがしたくなって僕は冷え切った手を押し付ける。


「うわっ! 冷たい! 何するのさ!」


 体をぶるっと震わせて、体を容赦なく叩いてくる。


「そんな無防備な頬をしてたらイタズラもしたくなる」


「ならないよ……もうやめてよ」


 ムスッとして、君は冷たくなった頬を手袋で摩って暖める。アライグマがものを洗っているみたいで少し面白かった。


 僕はポケットに入れている小さな箱を触りながら、いつ切り出そうかと迷っていた。なかなか切り出せずに、焦りながらも歩いていると、君に叱られた公園の前を通りかかる。


「ねえ、ちょっと寄っていかない?」


「え〜、寒いから早く家に帰ろうよ」


「いいから、いいから。ほら」


 僕は強引に君の腕を引っ張って、公園に連れていく。あの時と姿を変えずに時を止めたまま、公園は今も憩いの場として存在していた。


「ほら、ベンチに座って」


「もう、なんでよ」


「いいから、いいから」


 ポケットに入れている小さな箱。これを君に今日渡す。


「覚えてる? ここで君に叱られたこと」


「覚えてるよ〜、あの時の君は斜に構えすぎてて全くもってひねくれていた」


「同感だよ」


 僕は全くもってその通りで、その頃の僕は歴史ボックスの中で大人しくしてもらっている。


「でさ、君は家族っていいよね。とも言ったよね」


「言ったねえ……あの時の君の返答は酷かった」


「でもね、今は家族がいいと思えてるんだ。君がそばにいてくれるから」


 早くなっていく鼓動は緊張の調べ。僕は落ち着かせるように深く息を吐いて、君を見つめる。ポケットにずっと入れていた、小さな箱を君の前に出して、僕は言う。


「君と家族になりたい。僕と結婚してください」


「え……あ。ほ、ほんとに?」


 君の瞼に大粒の涙が溜まっている。ポロポロと溢れて、雪のように儚く散って地面に落ちる。


「うん、僕は君と結婚したい。君とずっと一緒にいたい、これから何十年先も」


「……私も。私も君とずっと、ずっーと一緒にいたい。こんな私でよければお願いします」


 細い指先で涙を拭う人差し指に光る宝石。もう、僕には色メガネは要らない。ずっと、ずっと、ずっと、眠っててもらおう。


 君がいてくれたら、どんな歪な世界でも生きていけるから。

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結婚メガネ パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482

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