第二手


転校生――清澄きよすみ沙也香さやかさんは、俺の想像を超えて、完璧だった。


〝深窓の令嬢〟という言葉がピッタリの、清楚で、物静かで、けれど笑うと輝くように眩しい。


まさに、俺の理想――『ワンシーズン・サマーメモリー』のヒロイン、そのものだ。



「よろしくね、天田来栖てんたくるすくん。……なんか、名前すごいね?」


えっ!?


……俺に、普通に接してくれてる!!?


俺は今、猛烈に感動しているッ!!


この世界で俺に〝普通に〟接する女子がいたなんて……!


他の女子は、目が合っただけで、アヘ顔してダブルピースしたり、


「らめぇ」とか言って、舌を突き出して涎を垂らしたり、


「オホーッ」とか、エロ漫画でしか言わないセリフを言うのに…………。


沙也香さんは、全然、違った。


恥ずかしさに頬を染めるでもなく、軽蔑するでもなく。


距離感も近すぎず遠すぎず。


まさに理想のヒロインのような、さりげない気遣いと、まぶしいくらいの常識人感。


そう、気づいたのだ。


俺のフェロモンが、効いていない――。


彼女は俺の淫獣由来の催淫効果に、まったく反応していないのだ!


これは……もしかして……!!


(ついに……来たのか!? 俺の理想の、〝純愛〟のお相手がッ!!)


興奮のあまり、机の下で触手が一本うっかり伸びかけたが、そこは全力で自己制御。


落ち着け。まだ焦るような段階じゃない。


そう、別にフェロモンが効かないからって、いきなり付き合えるワケじゃない。


まずは……仲良くなるところからだ。


恋愛は段階を踏んでこそ美しい。


いきなり触手を出してはいけない(戒め)。


……しかし、問題があった。


俺は…………自分で言うのも何だが……奥手すぎるのだ。


何せ今までの人生、押し倒されて逆レイプされそうになったことは星の数あれど、まともに女の子と〝仲良くなる〟という過程を踏んだことがない。


そのため、「放課後、一緒に帰ろう?」と声をかける妄想はできるのに、現実では「えっと……」で口が詰まるのだ。


(このままじゃ、沙也香さんと何も進展しない……!)


そんな悶々とした時間を何日か過ごした――放課後。


天田来栖てんたくるす、ちょっと、保健室まで来てもらえる?」


突然声をかけてきたのは、養護教諭の冴木さえき先生。


美人で豊満なバストをもつ、全校男子生徒たちの憧れの的。


だが眼鏡がキランと光るときは、たいていロクなことが起きない、あの先生だ。


「いや、俺、どこも悪くないですけど……」


「いいから来て?」


※この「?」が超こわい。


俺は拉致に近い形で強制連行され、気がつけば保健室のベッドに押し倒されていた。


……いやいやいやいや!


「ちょ、先生! 何して……!?」


「ふふふ、覚悟しろ天田来栖てんたくるす、私は今からお前の性奴隷になるのだ……ッ!!」


「いやいやおかしいだろ! 普通、逆だろ!?」


俺は必死に抵抗するが、結束バンドで手足がベッドに縛り付けられ身動きできない。


「つーか、仮にも教師がこんなことしていいのか!? 不同意性交等罪だ!6ヶ月以上10年以下の懲役だっ!」


「…………触手のクセに細かいわね。細かいのは愛撫だけにしてちょうだい」


「誰が上手いこと言えと!!!」


冴木先生は、なにやら怪しいガラス瓶を取り出して俺の鼻先に突き出してくる。


「な、なんですか? それ……!」


「これはね……特別に調合した〝触手淫獣活性薬〟。どう? 名前からしてワクワクするでしょ?」


「いやワクワクしねえよ!? つーか、先生、何者!?」


「大学の薬学部で媚薬の研究をしてたの」


「そんなマッドサイエンティスト教員採用すんなよ! どうなってるんだ日本の教育機関はッ!」


「うるさい。さっさと吸え」


「やめ――ぐっ……!」


思わずまともに嗅いでしまった。


鼻をつく刺激臭が脳に突き抜ける。


くうっ……なんだ……? この……感覚は…………。


なんだか体の芯がジンジンうずく。


そして――思わず出ちまった。


びゅるっ! びゅるびゅるびゅるびゅるびゅるびゅるっ!


「あああああああああッ!?!?」


自分でもびっくりするほど、触手が伸びた。


駄目だ、制御が利かない。


体中から、勢いよく、ヌルヌル、ヌメヌメと……!


「触手キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


冴木先生、めっちゃテンション上がってる。


「ふふふ……美しいわ、このうねり……さあ来なさい!

 私の身体にイヤらしく絡みつき、もう、メチャクチャのグチョングチョンに……!」


\ガラァッ!/


そのとき、ドアが開いた。


「……え?」


そこにいたのは、清澄沙也香さんだった。


「えっ、なにこれ……」


目を見開き、口元を押さえ、凍りついたように立ち尽くす沙也香さん。


目の前には、今にも服を脱ぎ捨てようとしている女教師。


そして部屋中にビュルビュルと蠢く、俺の……大量の……触手。


その光景に、沙也加さんは顔を真っ青にして――


「きゃああああああああああああああああああああっ!!!!」


悲鳴とともに、駆け出していった。


(……ち、ち、ちがうんだああああああああッ……!!)


俺は絶叫しながら、天井を仰いだ。


フェロモンが効かない清楚ヒロイン。


ついに見つけた純愛の相手。


それが今、俺の最大の変態モードを目撃して、ドン引きして逃げていった。


終わった…………。


俺の純愛人生、完全終了のお知らせ。


(くっ……俺は…………ただ……!)


触手が絶望に震える。


「……純愛、したいだけなのに……!」


そして膝から崩れ落ちる。


「まぁ……ドンマイ、少年」


隣で冴木先生が、ポンと俺の肩を叩いた。


「…………つーか、触手も萎えるのね……」



…………………………ほっとけ


                    (つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る