森に忍ぶ聖泉の守護者

一陽吉

ジャパニーズスマイル

 人間のようね。




 そう心の中で呟きながらエルフのニジュベルは草むらに身を隠しながらその様子を見ていた。

 ここは街から遠く離れた山すそにある森の中であり、自然発生した無数の木々は初夏の日差しを受けようと枝をのばし葉を広げてたくさんの緑を天にむけているのだが、それと同調するように、ニジュベルが着る服も緑のまだら模様をしており、たとえ草むらが無くても動かなれば草むらのように見え、そこにエルフがいるとは気づけない格好だった。




「あとどのくらい行けばいいんだ?」


「わずかだけど聖気が濃くなってきた。もうすぐだと思うわ」


「噂が現実味を帯びてきたでゲス」


「どんな傷も病も治す聖なる水が湧き出る聖泉せいせん。早くその姿を拝みたいぜ」


「そうね。基礎魔力の向上にも効くらしいし、試してみたいわね」


「ゲスゲス。たくさん持ち帰って、貴族でも魔導士でも、金持ちたちに言い値で売り付けて大儲けでゲス」




 そんな会話をしながらニジュベルの視線の先で歩く三人は人間の冒険者であり、先頭をいくジョーは革製の鎧に身をつつんだ剣士で、つづくアンナは動きやすく仕立て直された魔導服を着る女魔導士。

 最後尾のゴンデは荷物持ちで、市民服を着る一般的な服装をしているが大熊一頭がすっぽりと入るほどに大きなリュックサックを背負っていて、本人の欲深い性格が表れていた。

 ジョーとアンナは二十三歳になる幼馴染だが、ゴンデは三十歳になる肥満体型の雇われ人であり、金の匂いを嗅ぎつけてはあちこちの冒険者パーティーに加わっている自由契約者のため、二人とは数回同行したことがある程度の付き合いだった。




 聖泉を狙う賊のようね。排除するわ。




 するとニジュベルは草むらからすぐそばの木陰に移動。

 懐から武器を取り出すと、手首の力をきかせて投げた。

 武器は高速回転しながらゆるい曲線を描いてゴンデの左内腿に突き刺さり、激痛による脱力で脂肪分過多の身体が倒れた。




「アンナ!」


「分かってる!」


「い、痛い、痛いでゲス……」


「方向から考えてあっちだな。撃て!」


「了解!」


「ひいい……、ひいい、でゲス」




 メンバーが攻撃されたとを知るや、アンナは魔法で物理攻撃無効の結界を張り、続けてジョーが指示した方向へ向けて爆裂魔法を放った。

 空気を震わせる爆音を発しながら直進的に三連発で放たれた爆裂魔法は、幅で馬車四台、長さで馬車十五台ほどの範囲にある木々を吹き飛ばし、森に異様な空白をつくった。




 危なかった……。あの人間、やるわね。




 素早く跳んで回避したニジュベルは別の木に身を隠し、強くなっている心臓の拍動を感じながら、人間の様子を見た。

 剣士ジョーは剣を抜いて構え、魔導士アンナも杖を構えていつでも魔法を放てるようにしている一方、荷物持ちゴンデは二人の足元で被弾した左腿を両手でおさえながら痛みに耐えていて、攻撃も防御もできそうになかった。

 一番、弱っている荷物持ちをもう一度攻撃して止めをさしたいところだが、結界を張られて防がれているため同じ手は通じないし、それは二人に標的を変えても同じことである。




「その武器、木でできてるようだな。もしかすると相手はエルフか?」


「たぶんそう。だけどこれは三角の刃を十字にした形になってるみたい。こんなの見たことないわ」


「こ、これ……、毒があるんでゲスかね……。だんだん……、眠くなってきたで、ゲス……」


「エルフの変わり種てわけか。魔力探知は?」


「ダメだわ。さっきまでと変わらず反応がない」


「もう……、無理で……、ゲス……」




 聖泉を守る守護者がいるらしいという情報と、森の中で木を精密加工できる種族から襲撃者はエルフと推察し、さらに複数人いることを想定して警戒を固めるジョーとアンナ。

 痛がっていたゴンデだったが、やがて意識が薄れていき、助けを乞うまえにその瞳は閉じられた。




 向こうが派手なことをしたんだから、こっちもお返ししなきゃね。




 ニジュベルは口のちかくで左手の人差し指と中指の二指を立て、静かに気持ちを集中させた。

 それに呼応して風が吹き、木々から数百もの広い葉をもぎ取ってからめると、その葉はニジュベルの全身を覆い、さらに同様の形をしたもの七体を作った。

 そしてニジュベルとその七体は風にのって移動し、賊たる人間たちを囲んだ。




「なんだこれ、葉っぱの化け物か?」


「いえ。葉っぱを使った風魔法による分身よ。小さく渦巻く風が人の形にしているんだわ」


「だったらエルフの魔導士の仕業ってことか」


「そうね。でも直接的な魔法で攻撃してこないということは、純粋な魔導士じゃないかも」




 二人が分析している間に、ニ十歩ほどの距離をあけて囲んだニジュベルと分身は、風にのって足を動かすことなく前進し、包囲する間隔をせばめていった。

 同時に、右手で腰から細身片刃の短剣のような木剣を抜き放って横に構え、多人数のいっせい攻撃が可能な状態を表した。




 冷静な判断ができないようにして、決める。




 たとえ結界が無くても、ジョーならば鉄製の剣と技で木剣ごと斬り捨てて戦えるが、アンナはその限りではない。

 木剣に魔力が付与されていれば物理攻撃無効の結界は効果が半減し、攻撃を受けることになる。

 物理と魔法、両方の結界を張ればその問題は解決し、アンナもそれはできるが、そうしてしまうといまのアンナの技量では攻撃のための魔法を放つことができないため、術者が魔法でなければ倒せない場合、手段がなくなってしまう。




「くそ、どうする」


「!? ジョー、風の起点になっている奴がいる。そいつが本体なんだわ」


「どいつだ?」


「あいつよ!」




 アンナが視線を向けた瞬間、ジョーは十歩ほどの距離まで迫った襲撃者の一人に跳びこみ、剣による鋭い突きを放った。

 防御する間もなく胸部を貫かれた襲撃者は形づくっていた葉を撒き散らし、他の七体も同様に力を失って、木剣が地面を転がるが、ジョーの剣に手ごたえはなく、緑のまだら模様をした服だけが蝉の抜け殻のように残っていた。




 残念でした。




 右腕をのばし、突きの体勢をしたジョーの目の前に一人の女が現れた。

 金髪をショートテールにし、白い肌には緑の塗料で線がひかれ、胸元は緑の大きな包帯のようなものが巻かれていて、はっきりと女であることを示していた。

 そしてとがった耳を見て、ジョーはこの女が襲撃者たるエルフニジュベルなのだと思った。

 しかし、身体が開いたいまの状態ではどうすることもできなかった。

 エルフはジョーの腹部にある革鎧の上に左手をあて、その左手に右手を打ちつけた。




「っぐ──」


「ジョー? ジョー!」


「……」


「うわああああああああ!!」




 腕力のない者の拳撃であれば損傷すら与えることができない革鎧だが、打撃法により、ジョーは無防備に強烈な一撃を受けたことになり、失神。

 その場に崩れ落ちた。

 アンナが声をかけるがジョーはそれに答えるどころかぴくりとも動かないため、ゴンデ同様、殺害されたと思った。

 そして代わりのように立つエルフがジョーを仕留めたんだと察したアンナは、結界を解除し、上げた両手に魔力を込めていった。

 仲間、幼馴染、恋人、夢、希望、絶望、消失、死別、過去など、様々な想いが駆けめぐり倒すべき相手しか見えていなかった。




 感情的になっていまの自分がどういう状態か分かってないね。




 自身の許容値を超える魔力をのせて爆裂魔法を放とうとするアンナだが、それより早くエルフが動いた。

 エルフは両手を左腰付近に添えて跳びこみ、アンナとすれ違う瞬間に右の手刀を放った。

 魔力ではない生命の力に由来するを纏った手刀はがら空きになっているアンナの腹部を一閃。

 肉体を循環する生命の波長が瞬間的に乱され、アンナは意識を失ってその場に倒れた。

 それにともない、溜めた魔力も霧散し、空間には何も残らなかった。




「……」


「……」


「……」




 地面に横たわる人間を見下ろし、ほっとするエルフ。

 一見すれば死体のように思えるが人間たちは生きていた。

 ゴンデは毒と思っていたが、それは睡眠薬であり、ジョーとアンナも気絶しているだけで命に別状はなかった。

 エルフの目的はあくまで聖泉を守ることであり、殺害はあくまで最終手段として考えていた。




 コジロウ殿、あなたから教わった忍術でまた聖泉を守ることができました。




 弓矢と風魔法を得意とするエルフの種族だが、その対処法も世界的に知られつつあり、聖泉を守ることが困難になっていた。

 そこへ現れたのが日本という国からの異世界転移者だった。

 彼は忍術というこの世界には無い戦闘術を習得しており、風を操ることもできたため、エルフと相性が良くこの一帯に棲むエルフは全員、心得を持つようになった。

 おかげで、他の地方では私利私欲のために聖泉を奪われ枯らされてしまっても、ここは変わらず残っていた。

 その転移者はすでに故人となっているが、その技術と精神は百年経ったいまでも受け継がれ、そのさきの未来へと続いていくのだった。

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