第6話 (五)もう一つの夢

 私は一つ目の辻道へ曲がった。

 ――大学卒業、希望する就職は叶わず厳しい時代とめぐり合い、いわゆる 氷河期***。未だに定職には就けず、交通整理の夜警のバイト、大学出の私には受け入れがたい悪夢。


 次の辻道へ曲がった。

 ――就職難に迷う日々、なんとか個人事務所の面接を受ける機会が訪れた。煉瓦貼りのビルの一室、洒落た外観には合わず質素な内装。木製の古風なドアをノックして中をうかがう。


「こんにちは」

「初めまして、倉川ワタルと申します。本日面接の――」

「どうぞ、所長の西上です。こちらに――」と答えた男。

 黒スーツ、室内だというのに黒サングラス、低く不思議なアクセント。

(人材派遣の会社と聞いていたのだが、どうも雰囲気が違う)


 かしげた背筋を戻すと—―

「派遣関係と、お聞きして――」

「えぇそうですか、道案内***の仕事に興味がおありで?」

「仕事の紹介ですね?」

「まあ、そんなところだが――」


 次の日から、仮採用として働くことに、初日の今日は留守番を頼まれた。人材派遣会社だというのに人気ひとけなく、壁に並ぶ年代別の黒っぽい厚いファイル、何気なく手に取って中を覗くと。ハラハラと、これほどの人数の情報が、契約者の資料か?

 

 私が中学生だった198○年のファイル、そこに見つけた、あっこれは! あの日***、道を訊かれた 中年の婦人*****。なぜここ? ここに写真が――  

 都会へ出たときの年、199○年のファイルをめくると、あの時***異国風の女性****** の写真が? これはいったい――

 戸惑いながらファイルを閉ざし表紙をよく見、手を触れる小さな髑髏のエンボスが、私はファイルを戻し、たたずみ手を振るい後ずさる。そしてそっと後にした。


 また次の辻道へ曲がった

 ――私は先ほどの、異国風の女性****** を連れ立って、○○ロマンス座へ向かっていた。道程を説明するのはむずかしく、帰り道にも近かったので道を案内しながら歩く。裏道を通りながらも、ほとんど言葉は交わさなかった。

 若い女性が楽しみのために行く劇場ではない。なんとなく事情は浮かび、思いに至る。身の上に関する話はためらわれ、それでも私の隣を歩いてくれる。この人がいることが、妙に優しく思われた。彼女の思いはいかにかと、知ることはなくとも、この道がずっと続けと、そのことを、そっと密かに願っていた。


 そして、その辻道の先、はたして何かコワゴワと、自然に足は遠のいた。また、別れ見送った人達に会い、またも別れるのだろうか?

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