第3話 未来(ミク)

うっすらと目を開けると寝ぼけた目でスマホを見た。

まだ午前0時。一時間しか寝てない。

寝直そうと思い目を閉じると耳に変な音が入ってきた。

ゴーっという、地下から響くような低い音がすると部屋が揺れ始めた。

「うそ!地震!」

本棚や机の上に置いた小物が、転がり落ちる。

部屋がガタガタと揺れて、外からは犬の鳴く声が聞こえてくる。

私はベッドの上で布団を頭から被りながら身を小さくしていた。

何十秒かして揺れが小さくなってきた。

部屋のドアが開いて、お母さんが顔を出す。

「未来、大丈夫!」

「うん。お母さん達は?」

「大丈夫よ。今、お父さんが下を見に行ってるわ」

大きな揺れだったけど、棚から小物が落ちた程度で済んだ。

私は、お母さんにお礼を言うと、床に落ちた小物を拾い始めた。

あんな音は初めて聞いた。

あれが地鳴りとか言われるものだろうか。

その後は片付け終わって、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。


 朝になり私はあくびをする口に手をあてながら通学路を歩いていた。

あれから二時間くらいしてようやく寝れた。だから眠い。

 私、弓月未来は高校二年生の十七歳。

私が通っている鹿島高校は、約二十年前にできたらしい。

その前はなんだったのか?

 それが所謂、都市伝説のかっこうの材料になってるらしくて......

そもそも私たちが住む鹿島町自体が新しい。

再開発地区だったとかで、駅ができて道路が通り、マンションができて住宅街ができた。

お店も広がってきて、最後に私たちが通っている学校ができた。

私たちが産まれるずっと前に。

 では、私たちの町というか、学校がどんな都市伝説の材料にされているかというと、学校が建つ前は更地だった。

更地の前には精神病院だったとか。

町ができあがるより遥か前の話だ。その頃、この辺は病院以外には民家がまばらにあるくらいで何もない場所だった。

ある日なにかの事故だか事件があって、一晩で病院の患者が全員死んだ。

職員も大勢死んだらしい。

そして間もなく閉鎖され、取り壊された。

なにがあったのかはわからない。

だって噂なのだから。

 因みに噂では、身寄りのない患者ばかり引き取ってたことから人体実験でもしてたんだろうと言われてる。

新種のウイルスが実験中に漏れて、大勢死んだのだと。

その病院を取り壊して、後からできたのが私たちが通う学校らしい。

ほんとかな?って思う。


「おはよう未来!」

「おはよう真理!」

学校に行く途中で真理と会った。

「夜中の地震すごかったね」

「うん。びっくりしたよ」

「でも大したことなくて良かった」

「そうだね。朝のニュースでも言ってたし」

私達が話しながら歩いていると、前を欠伸しながら歩く里依紗がいた。

「里依紗ー!!」

「オッス……おはよ」

振り向いて、なんともだるそうに挨拶を返す。

「朝からおまえら元気いいなあ」

私達を見て呆れたように言った。

「昨日は?また彼氏と遊んでた?」

「ああ、それが一緒に寝てたらいきなり揺れて目が覚めてさ。それから全然寝付けなかったよ」

里依紗は眠そうに言うと、真理の顔を見て「真理は大丈夫だった?ちゃんと寝れた?」と、からかうように言った。

「ご心配なく。ちゃんと寝れました」

「オッケー!真理も大人になったね」

笑顔での真理の背中を叩く。

「もう~」

半ば苦笑いしながら真理が私を見た。

真理と私は中学からの付き合い。

おっとりしてどこか幼い感じがする。

里依紗と私は小学校から仲が良い。

家庭に複雑な事情があるけど、性格はさっぱりしていて男前?

外見は不良って言われてるけど私達には優しくて、特に真理にはお姉さんみたいに接してる。

真理は所謂「霊感」のある子で、そのせいで中学の時いじめられていた。私と里依紗はそれが許せなくて、彼女と積極的に交際した。

依頼、いじめはなくなり、三人の関係は続いているというわけだ。

「そういえば例の話しって進んでるの?」

「ん?ああ。楽勝で進んでる」

私の問いに里依紗はそう答えると笑った。

「やっぱ本当なんだ」

真理が寂しそうに言う。

「そんな顔すんなよ」

「うん……」

私達が歩いていくと校門の前に人だかりができていた。

「なんだあ?」

里依紗が首をかしげる。

「早く学校に入って!」

先生の大きな声が聞こえる。

「なんか揉めてるかな?」

里依紗が楽しそうに言って歩き始めると私達も の後に続く。

「なんだ。あの婆さんだよ」

里依紗が私と真理 の方を振り向いて言った。

そのまま校門をくぐる。

私はチラッと騒ぎの中心である、お婆さんを見た。

「あの婆さん、いつもは家の前にいるのにな」

「私、いつも恐かったんだよね」

真理の声は気持ちトーンが抑えめだった。

「別に、たまに怒鳴るくらいじゃない?」

「いきなり言われるとビックリするよ~」

「なんかウチの学校と関係あるのかな?」

「さあ?でもありそうだよね」

「だいたい、なんで学校に行くなとか帰れとか言われんのか意味不明だよな」

「なんでああなったんだろう?」

「昔、なにかの事件があって、それに巻き込まれて家族だか恋人を亡くしたって聞いたよ。噂だけどな」

あのお婆さんの噂される過去が本当かどうかなんて私達は知る方法もなかった。

ただ、あの人は私達の間では有名な人で、毎朝家の前を掃除するかたわら、登校している私達に向かってぶつぶつ言ったり、時には怒鳴ったりするのだ。

中には面白がってからかう生徒もいたりする。

お婆さんが私達にどうして「学校に行くな!」「帰れ!」と言うのかは、さっぱりわからなかった。

私達が教室に行くと、なんだか普段よりざわざわしていた。

「修哉!おはよう!」

私は教室の中に修哉を見つけると、笑顔で手を振った。

横にいる恭平にも挨拶する。

恭平は控え目に片手を上げて返してきた。

修哉は水泳部のキャプテンで、高校に入ってから付き合いはじめた。

つまり、私の彼氏。

恭平は修哉とは真逆でインドア系っていうか、どちらかというとスポーツはあまり得意じゃない。

その代わり、成績は優秀で学年でもトップクラス。

恭平と里依紗とは小学校からの仲良しで、幼馴染みになる。

私と一番付き合いが長いのが、里依紗と恭平。

「どうしたの?なんかざわついてるけど」

教室の真ん中で塊るクラスメイトの一団を指して修哉に聞いた。

「うちのクラスの女子が例の婆さんに絡まれたんだよ」

「婆さんって……あのちょっとイカれた奴か」

里依紗の言葉に恭平が苦笑して頷いた。

「名前なんつったっけ……」

「たしか……田島さんじゃなかった?」

「ああ。それだよ、それ」

里依紗に真理が名前を教えたのを聞いて私も思い出した。あの人は「田島」というんだった。


 修哉から聞かされた話によると、クラスメイトの女子三人が田島さんに声をかけられた。

なんでも、恐ろしいことが起こりそうだから学校には行かない方がいい。と、言ってきたらしい。

田島さんという人は時折こういうことを鹿島高校の生徒に言うのだ。

なぜそんなことを言うのか、理由は誰も知らない。

ただ、登校時間に家の前にいて(なんの悪戯か、比較的生徒が通る道沿いにある)植木に水をやりながらなにかぶつぶつと一人で話している。

そして時折、生徒に「あの学校には行かない方が良い」「あそこは恐ろしい場所だ」と言うのだ。

こちらが冗談でうけたりすると口調が怒り出す。

 私達が入学する前からこんな調子だったようで、学校ではちょっとした有名人だった。

中にはそれが面白いと、からかうような不心得者もいるようで、ごく稀にトラブルが発生する。

今朝もそうだったようで、声をかけられた女子が茶化すように受け流したのが癇に障ったようで、田島さんが大きな声を出した。

そこに女子の後ろから歩いてきていた男子二人が気が付き、女子を守る傍らからかったそうだ。

「それを近所の人が学校に通報して先生が駆けつけてこの騒ぎだよ」

恭平が呆れたように言った。

「なんだ。いつものことじゃん」

里依紗が興覚めした感じの声を出した。

たしかに同様のことはこれまでもあった。

まあ、里依紗が言うように「いつも」と言うほどではないが。

「いや、そこじゃないんだ」

恭平がメガネを人差し指で上げながら言った。

「じゃあなにさ?」

里依紗がバッグを机に置きながら聞く。

恭平は周りでざわつくクラスメイトをチラッと見てから私達に話した。

「例の噂話があっただろう?あの、病院の跡地に学校が建てられたとかいう」

「ああ、あれがどうかしたの?」

「みんな、あれと結びつけて考えてるみたいなんだよ」

「えっ!そうなの!?」

恭平の言葉に私も里依紗も驚いた。

「なんでよ?」

里依紗が聞く。

「あの婆さん、昔は病院で働いていたらしい。で、今朝喚いてたのが、この学校があの病院みたいになるって」

修哉が窓によりかかりながら言った。

「じゃあ、あの婆さんは生き残りだったんだ」

里依紗がヒュウッと口笛を鳴らす。

「ほんとうなの?」

私はちょっと信じられないと思って修哉に聞いた。

「さあ。ほんとのところは分からないよ」

恭平が言う。

「ただ、そういう風なことを言ってたから、みんな騒いでるわけだ」

修哉が半ば呆れるように笑う。

私は教室を見渡してみた。

クラスメイトの顔を。

中には不安を浮かべたような表情も見えるが、みんな楽しそうだ。

真理も私と同じようにクラスメイトの顔を見ている。

「嘘みたいな噂がほんとだったわけか」

里依紗の声が耳に入る。

例の私達が通う学校にまつわる噂話。

都市伝説みたいなやつが、実はほんとうの話だった可能性がある。

それは、私達の学校や生徒が気味の悪い話の中心に位置することになる。

真理はそんな様子を眉根をよせて見ていた。

始業のチャイムが鳴り、みんな話しながら席につく。

私は席に着いてから、後ろの方に座る修哉を見た。

修哉と目が合って、互いに照れたように笑ってから視線を前に戻す。

教室のドアが開いて、担任の武藤先生が入ってきた。

「みんな、おはよう!」

「おはようございます」

起立して全員で礼をすると着席した。

「先生!」

男子の一人が手をあげる。

「ん?なんだ?」

「俺たちなんも悪いことしてないんだけど」

「そうそう」

「あのお婆さんがいきなり絡んできたんだから」

「怖かったよね~」

さっき塊の中心にいた女子三人が口々に言う。

あの子たちが田島さんに絡まれたのだとわかった。

「近所の人から通報あったんでしょ?あの婆さん、調子にのってクレーム?イチャモンつけてきたとか?」

もう一人の男子が座ったまま半笑しながら言う。

教室は一気にざわついた。

「みんな静かに」

武藤先生が手を叩きながら言うと、ざわついていたトーンが下がる。

「田島さんの方からはうちになにも言ってきていない。さっきおまえたちが話してくれたことで教頭先生も納得しているからもう気にするな」

また教室が少しざわつく。

「この学校って前は病院だったの?」

今度は別の女子が聞いた。

「あの婆さん、学校が病院みたいになるとか言ってたみたいじゃん」

男子の誰かが言う。

武藤先生がまた手を叩いた。

「そんな都市伝説とは関係ないから安心しろ」

「えっ?先生知ってるの?」

「ああ。みんながあんまり噂してるもんだからな」

武藤先生は苦笑いした。

「でもな、そんな一晩で病院や町の人が大勢死んだような事件は記録に残ってないんだよ」

「それ誰かが隠してるんだよ」

また一人が言う。

「それより出欠をとるぞ」

武藤先生は雑談を打ち切ると、出欠をとり始めた。

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