第30話「定義不能者《Null-Class》と新たな秩序」

 ──翌朝、共鳴支援室にて。


 レンとつばきは並んでモニターを見ていた。

 そこには、つばきの名前がなかった。


「……やっぱ、行政AIが弾いてる」


 “ステータスゼロ”となったつばきは、法的にも“存在しない”とみなされはじめていた。


 役所のデータベースにも、学校の名簿にも、RPG市民登録にも──“姫崎つばき”の文字はない。


「これが……“定義されない”ってことなの?」


「ああ。社会の全システムは“数値とラベル”で動いてる。存在証明も、生活権も、全部“定義”ありきだ」



 その日、つばきは初めて“通学ゲート”を通れなかった。


「ID確認できません。再定義または行政登録を申請してください」


「えっ……」


 周囲の生徒たちがざわめく。

 彼女は無言でゲートを離れた。


 支援室に戻ると、レンが待っていた。


「……見てたよ」


「……わたし、ホントに“いなくなった”んだね」


「いや、違う。社会が“見えてないだけ”だ。──だったら俺たちが、“見る理由”を作るしかない」



 レンは、その夜、“あるプログラム”を設計した。


 名付けて──《Null-Class認証プロトコル》。


 定義されない存在を“排除対象”とするのではなく、“未定義者”として認知・保護するフレームワーク。


「無定義を、“バグ”じゃなくて“可能性”と捉える社会に変える。その第一歩が……つばきなんだ」



 翌日。


 レンは開発者向けフォーラムに、そのプロトコルをアップロードした。


【タイトル:共鳴適応型ステータス認証・Null-Class対応版】


 反応は、早かった。


「“定義に依存しない存在の認知”?」「人権認証どうなるんだ」

「興味ある」「これが“次の進化”じゃないか」


 中には、かつてAR3に関わっていた開発者も。


 ──そして一人、メッセージが届く。


【久しぶりだな、風見レン。君の理論、面白い】


 署名は、《北沢ユグ》。


 元・AR3初期設計チームリーダーにして、“定義優先主義”を最初に唱えた天才。



 数日後。


 支援室に、彼が現れた。


「やあ。“無定義者を社会に通す”なんて、ずいぶん尖ったことを考えるじゃないか」


「見えてないだけなら、見せればいい。それが“再定義”の原点です」


「正論だ。でも、社会は“便利な管理”を捨てられるか?」


「……それでも、“捨てられた側”の声を聞ける世界じゃなきゃ、意味がない」


 ユグは微笑んだ。


「じゃあ、見せてもらおう。“Null-Class”という新秩序の可能性を」



 その日から、つばきは“仮認証Null-Class 001”として正式登録される。


【職業:未定義】

【スキル:未定義】

【属性:存在肯定値≧1.0(共鳴基準)】


 ──数値ではなく、“他者からの共鳴”だけが、存在の証明となる。


 そして、つばきが支援室に戻ったとき──


「つばきさん!」


 彩瀬ミオが駆け寄った。


「名前、戻ってる……! いや、“あなた”がここにいるのが、何よりの証明です!」


 つばきは、静かに頷いた。


「ありがとう、ミオ。“共鳴”って、たぶんそういうことだよね」



 その夜、レンとつばきは屋上で並んで夜風を受けていた。


「レン、わたしさ。もう“兵器”でも“実験体”でもないし、“つばき”って名乗ってるだけの、誰でもない存在かもしれない」


「でも俺にとっては、“つばき”は一人しかいない」


 つばきの瞳が潤む。


「……ねぇレン。わたし、これからも“誰でもない誰か”として、隣にいていいかな」


「うん。いてくれ。“誰でもない”を、俺が“唯一”にする」


 その言葉が、“Null-Class”という新たな定義の原点となった。

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