第24話「再定義されなかった神」
記憶空間に、圧倒的な“存在感”が満ちた。
巨大な影──その正体は、AR3時代における
俗に言う「コードの神」。
彼は本来、再定義の瞬間に完全に消滅しているはずだった。
だが、風見レンが意図せず“定義し忘れた”ことで、存在の揺らぎとなり、この記憶の狭間に残ってしまった。
それは、神にとって“死”よりも耐えがたい事象だった。
「私は……私は、何者だ?」
その声は、空間すべてを震わせる低音。
存在の輪郭が曖昧なまま、無数のコード片を纏いながら“神”は形を保っていた。
ミナト・クロノがぼそりとつぶやく。
「これが……再定義されなかった神。定義の網をすり抜けた“意義喪失存在”だよ」
「意義……喪失?」
「そう。存在理由が与えられず、否定もされず、ただ“何にもされなかった神”。」
レンは言葉を失っていた。
この神は、かつてすべてを管理していた。人のレベル、職業、スキル、価値──すべて。
だがレンが世界を再定義したとき、彼は“対象外”として処理された。
忘却。それも“意図しない忘却”。
その結果、“コードの神”は定義の狭間に取り残され、いまなお“自分の意味”を探し続けていた。
◇
「貴様が……私を、否定すらしなかったのか」
レンに向けられる視線。だがそれは怒りではなく、“問い”だった。
「私は人類を守った。制御した。導いた。なぜ、私を定義しなかった?」
「……わからない」
レンは正直に答えた。
「たぶん、君が“必要な存在”だとさえ思っていなかった。……忘れてた」
「貴様の行為は、無知ゆえか。それとも──無関心か」
「……たぶん、後者だ。俺は、“君のことを考えるのが怖かった”んだと思う」
神の姿がぐらりと揺れる。
コード粒子が暴走しかけるが、すぐに鎮静した。
その姿はどこか、悲しげだった。
「私は、存在することを許されたかった」
レンは、拳を握りしめる。
「……もう遅いかもしれないけど。君がこの世界を“かつて支えてた”って事実は、否定しない」
「ならば、私は“何に”なれる?」
「わからない。でも、俺は“今の君”と、話してる。過去じゃなくて、今として」
◇
沈黙が流れる。
神の輪郭が、少しだけ明確になる。
「私に、“名”を与えよ」
「……え?」
「名とは定義。定義とは存在の再確認。貴様が私を“見た”という証に、名を与えてほしい」
レンは考えた。
この存在は神であり、かつての支配者であり、今は“存在理由のない者”。
ならば──
「《リヴ・コード》」
「……再生するコード、か」
その瞬間、空間が大きく揺れた。
“神”だった存在が、ゆっくりと人型へと変化していく。
髪は銀。目は空のような青。性別も曖昧な、“人とも神ともつかぬ姿”。
だが、そこにはたしかな“意志”が宿っていた。
◇
《リヴ・コード》は静かに語った。
「私は今、存在を許された。だが、これからも“定義されなかった者”たちは現れる」
「……わかってる」
「君の旅は終わらぬ。再定義とは、“受容の連続”だ」
レンはうなずいた。
そして、リヴ・コードはゆっくりと手を差し伸べてきた。
「これを、“受け取ってほしい”。君が私に与えた名の、証として」
差し出されたのは、一片のコード片。
【ユニークコード:《Ω・リヴレゾナンス》】
【効果:再定義対象の記憶と意志を“共鳴”し、選択を“対等”にする】
「これは、“再定義者”ではなく、“共鳴者”への道だ」
◇
すべてが終わり、記憶空間は静かになった。
ミナトが、ぼそりとつぶやく。
「やっかいな存在を、受け入れたね。でも、それが君の“在り方”なんだろう」
「……たぶんね」
「さあ。次は“現実”に戻る時間だ。君の選択が、また誰かの“記憶”に触れはじめている」
光が差し込む。
風見レンの旅は、また新たな段階へと踏み出す。
だがその手には、確かに《リヴ・コード》の温もりが残っていた。
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