第2話 宇宙観光
土管ロケットは、カーナがパネルを操作すると船体が透明になった。
おかげで天球面にある全方向の星を一度に見渡すことができる。これは大地という壁を背負っている地球では、絶対に見られない光景だ。天の川も端から端まで、くっきり見えていて美しい。
「ねえ、地球から近い星系に宇宙観光の名所があるの。遊びに行かない?」
「えっ、いいけど、他の星系になんて行けるの?」
「この土管宇宙船は高性能だから、その気になれば銀河の反対側にだって行けるわよ」
「まさか! 光速を超えて飛べるってこと?」
「そんなの当たり前。そうでなきゃ宇宙なんて渡れないでしょ」
「そうだよね……」
いやそれ、当たり前じゃなから。少なくとも、地球人の僕にはね。
って、カーナは宇宙人なのか! 今さらだけど地球人のはずがないよな。でもどうみても人間にしか見えないんだけど。宇宙にも人類が暮らしているということ?
「これから行くのは生命誕生期の惑星だよ。地球型だから興味深いと思うわ。途中で星雲の近くを飛ぶからそれも見ものかな」
カーナはコクピットの操縦パネルでルートを設定した。ロケットは透明になっているけど、操縦パネルとパイロットシートだけは見えていて、まるで遊園地のアトラクションにでも乗っているみたいだ。
「超光速に入るから、少し揺れるかもしれないよ」
そう言いながらカーナがボタンを押すと、土管宇宙船は瞬く間に光速を超えた。
衝撃波のようなものがくるかと身構えたのだが、ほんの少し揺れただけで見えている宇宙にも特別大きな変化はなかった。ただ、凄い勢いで恒星が近づいてきては去って行くので、本当に光速を超えているのだと実感する。
これがどんな物理法則によるものかは、地球文明人の僕には、その後の人生においてもまるで理解できていない。
「前方から接近してくるのがみずがめ座のらせん状星雲だよ。映像を拡大して輝度もあげるね。惑星みたいに丸くて、中心部が猫の目みたいな形をしていて可愛いでしょ」
「本当に猫の目みたいだな。これって地球に一番近い星雲だよね。まさかこの目で見られるとは思ってもみなかったよ」
それは本当に神秘的で美しい体験だった。
僕たちは、そのらせん状星雲を横目に見ながら通過すると、さらに宇宙の奥深くまで突き進んだ。
「やっと着いたわ。下に見えるのが目的の惑星だよ」
らせん状星雲から先は、しばらく通り過ぎる恒星を眺めるだけの退屈な時間を過ごしていたのだが、ようやく生命誕生期にあるという惑星に到着した。それは地球よりも少し大きな、青くて海の多い惑星だった。
「生命誕生期ってことは、微生物でも発生しているのかな」
「ちょっと待ってね……ガイドブックには生命になりかけの物質が、惑星のあちこちに存在するって書いてあるわ」
カーナはタブレットを取り出して眺めている。宇宙の名所と言うだけあって、観光案内書があるみたいだ。
その時、タブレットから警告音のようなものが聞こえた。カーナは急いでタブレットを操作する。
「はい、カーナです」
「こちら銀河管理機構だ。今、君がいる惑星で問題が発生している。それを解決できれば、君が申請している初級ギャラクシーナイトへの登用試験を合格にできるが、やってみるかね」
「本当ですか⁉ 嬉しいです。同乗している友人も合格にしてもらえますか?」
「ご友人は申請書が出ていないようだが、本人が望むなら特別に配慮しよう」
「サトルも初級ギャラクシーナイトになる?」
「ギャラクシーナイトって……?」
何を言っているのか、さっぱり訳が分からないけど。
「銀河管理機構の騎士のこと。宇宙を冒険して回るにはもってこいの資格だから、お勧めだよ」
「カーナのお勧めなら、なってみてもいいかな」
「了解。意思を確認した。君の名前は?」
「村雲さとるです」
「よし、申請者として登録しておこう。二人とも、頑張ってくれたまえ。状況説明書を送るから、速やかに対応すること」
与えられた任務は、この星の生命誕生を妨げている宇宙生物を駆除することだった。
銀河管理機構はこの星の生命誕生を見守ってきたが、最近になって宇宙から飛来した大型宇宙生物が、生命の種になる物質を大量に捕食していることが判明した。
そこで偶然この惑星にやってきたカーナに、初級ギャラクシーナイトへの登用を条件に駆除を依頼してきたのだ。
大型宇宙生物は、体長が十数キロもある透明な円盤状で、海面に接している掃除機のような口から、生命の種を脅威的なスピードで吸引している。
そんな奴が七頭もいるから、このまま放置すれば遠からず生命の種を食いつくすことになるのは間違いない。
カーナは土管宇宙船を大気圏まで降ろして、探知機で海面の捜索を開始した。
巨大な生物ではあるが、惑星規模からすると点に等しいサイズだから、簡単には見つかりそうにない。しばらくは根気の勝負となりそうだ。
「いたわよ! 思ったよりも大きいわ」
やがて宇宙船の進路上に、巨大な宇宙生物が姿を現した。まるで島のようで本当に大きい。こんなデカ物を、この小さな宇宙船で駆除できるのだろうか。
「ビーム砲を出すから、サトルはあの生物を撃って。私は操縦に専念するわ」
「いや、そんなもの撃ったことないし、できる気がしないよ」
「大丈夫。あれだけの巨体だから、目をつむっていても当たるわよ」
「なら操縦しながらでも、自分で撃てるよね」
「あの宇宙生物は、どんな攻撃をしてくるのか分かっていないの。危険な攻撃だったら、全力で回避しないと宇宙船が破壊されかねないから、操縦に手を抜けないのよ」
「――分かった。やってみるよ」
カーナは宇宙船を接近させながらパネルを操作し、土管の外殻を開いて大砲のようなものを取り出すと、船体の側面に設置した。これがビーム砲なのだろう。
「サトルの視覚の中に小さな赤い円が見えるようになったでしょ。前にある射撃レバーを操作して、円の中に敵を捕らえてボタンを押せば命中するわ」
気づけば僕の前には射撃レバーが現れていた。それを握って動かすと、視覚の中の赤い円も動く。まるでゲームみたいだ。これなら簡単かもしれないぞ。
「撃つよ!」
赤い円を宇宙生物の中心部に合わせて射撃ボタンを押すと、ビーム砲からオレンジ色の極太ビームが発射された。
極太ビームは宇宙生物の円盤状の身体に命中して激しく輝いた。被弾した部位を灼熱させているのは間違いない。
「やったかな」
「まだ分からないわ」
数秒でビームが消滅すると、驚いたことに宇宙生物は何一つ損傷を受けていなかった。いや、表皮には微かな傷があったのだが、それもすぐに修復されてしまった。
「何て奴なの! ビーム砲で攻撃したのに、表皮に傷がついただけなのよ。それもあっという間に修復してしまうなんて、信じられないわ!」
「もっと強力な武器はないの?」
「いまのが主砲だから、船にある武器の中では最強なの」
「うそ……」
そうなると打つ手なし、ということか。
「どこかにあいつの弱点はないのか?」
「表皮が防御シールド並みに硬くて熱にも強いから、どこを撃っても同じだよ」
カーナがお手上げという仕草をしてみせる。
「あいつは宇宙から大気圏に突入してくる生物だから、耐熱性が高いのは当たり前か」
僕が悔し紛れに分析すると、カーナはハッとした表情になった。
「もしかしたら、あれが使えるかも」
カーナが操作パネルをタッチすると、土管宇宙船の横にアームに支えられた一本の剣が現れた。
「カッコいい剣だね」
それは長い剣で、柄に凝った装飾が施されている。長さ一メートルほどの剣身も、虹色に輝いているから宝石のように美しい。
「これはね。ギャラクシーナイトの登用試験のために買った騎士剣なの。貫通力に優れているから、上手くいけばあの皮膚を貫けるかもしれないわ」
「ビーム砲でもダメだったのに?」
「サトルの言葉で気がついたの。あいつの皮膚は耐熱性が高いからビーム砲では歯が立たないのよ。でも、鋭利な剣で突けば貫通できると思うの」
「表皮が固いから剣も弾かれるのでは?」
「鋭い剣先は、意外に金属も貫けるものよ。特に騎士剣は特殊な鋼で鍛えられているからね」
「でも、あの巨体だよ。その剣を突き刺しても大した打撃にはならないよね」
「あいつの体内に青い塊が見えるでしょ。あれは脳だから、それを壊せば即死するはず。剣をあの脳の真上に突き刺して、雷撃を放てばいいのよ」
宇宙生物は透明だから、皮膚のはるか下に青い脳が透けて見えている。剣で皮膚を貫ければ、雷撃で脳を攻撃できるということだ。
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