ボッチは趣味だが、美少女と出会うこともある

黒糖花梨人

第1話 幸せな毎日

 十才の頃、放課後になると、僕は毎日のように一人で古びた港をうろついていた。

 何か目的があるからではない。

 古びた港が持つ独特な雰囲気や物事にひかれていたからだ。


 例えば、寂れた倉庫が、潮風を受けながら老賢者のように立ち並ぶ不思議。

 岩壁に係留された船と係船柱に錆が浮き、金臭い匂いを漂わせている姿。

 小さなタグボートが、大きな貨物船をロープ一本で勇壮に引っ張る、日常とはかけ離れた何か特別な奇跡のような光景。

 そんな風物を楽しみながら、ゆっくり港で時を過ごせば、友達がいなくても割と平気でいられた。


 当時の僕には気の合う友達がいなくて、学校でもほとんど一人で過ごしていた。

話しかければ誰もが普通に接してくれるのだが、それでもクラスメイトとの間には見えない壁が存在する。みんなとは趣味や興味の対象が違うから、うまく話に入って行けなくて、疎外感ばかりを感じてしまうのだ。


 確かに、僕が大好きな宇宙の話題――太陽系の成り立ちとか、星雲や銀河団の話なんかよりも、スポーツとかゲームとか、女の子の話のほうが楽しいのだろうとは思う。だけど僕は、そんな当たり前の話題が苦手で、みんなの話についていけるほどの情報は、いつも持ち合わせていなかった。


 ある朝、いつものように岸壁を歩いていると、目の覚めるような美少女が遠い目をして海を眺めている姿に出会った。


 僕はドンガメのように海面を進む押船とはしけに見とれていたから、岩壁に視線を戻すまで、その少女が数メートル先に立っていることにはまるで気づいていなかった。

 だから、少女が突如としてそこに現れ出たかのような錯覚をおぼえて、何だか不思議な気がした。


 彼女は空色のジャージ姿で、上着のポケットに両手を入れて立っている。プラチナブロンドの長い髪が美しく、透きとおるような空色の瞳が神秘的だった。


「あの女の子は見覚えがあるような……、誰だったかな」

 少し考えて、ようやくクラスが違う同学年の女子だと気がついた。

 あんな美少女を、どうしてすぐに思い出せなかったのだろう。


「あの子は、こんな所で何をしているのかな……」

 この古い港に遊びにくる子供なんて滅多に見ない。珍しさもあってつい見入っていると、女の子は僕の視線に気づいて近寄ってきた。

「あなたは同じ学年の男子でしょ。海が好きなの?」

「……」

 突然呼びかけられて、一瞬言葉がでなかった。今まで女子からフレンドリーに話しかけられたことなんてないから、軽くフリーズしてしまったのだ。


「もしもし? 聞こえてる?」

 女の子は僕の顔の前で左右に手を振る。人懐っこい性格なのだろうか。

「えっと、僕は海が好きです」

「そうなの。私と一緒ね」

 ようやく答えると、女の子は無邪気に微笑んでくれた。その優しくて可愛い笑顔は、ぼっちの僕には絶大な破壊力を持っていた。


「ぼ、僕は港も好きです」

 だからテンパって、聞かれもしない余計な事まで口走っていた。

「話が合うわね。私も港が好きよ。ねえ、向こうの倉庫の横に面白いものがあるの。行ってみない?」

「い、行きます」

 きっと笑われるに違いないと思っていたら、好意的に受け止めてくれるから、友達になれたらいいなと欲がでてしまう。


「私は、美月かな。あなたは?」

「僕は村雲さとるです」

「いい名前ね。サトルって呼んでもいいかな。私のことはカーナって呼んで」

「はい、カーナさんですね」

「『さん』はいらないよ。それと敬語も禁止。私達、もう友達でしょ。普通に話そうよ」

「はい、わかりま……、分かったよ、カーナ。これでいい?」


 いきなりの友達宣言に驚きはしたものの、期待した流れになっていくのが嬉しくて、ついなれなれしく話していた。 

「うん、そのほうがいいよ。私について来て」


 カーナは先に立って軽やかに歩き始めた。

 その背中を慌てて追いかける。スタイルの良い彼女が、長い足で元気に歩を進めるたびに、透きとおるようなプラチナブロンドのポニーテールが左右に揺れる。 

 そう言えば、カーナは瞳も青いよな。ハーフなのかな。


「ここよ」

 カーナが指さした倉庫はかなり古いもので、今は使われている形跡がない。その倉庫の横を奥に入った所に、古びた大きな土管が口を空に向けて直立していた。高さは僕の胸ほどしかないが、口の直径は一メートを超えている。


「この土管、面白いでしょ。もともとは五メートルの土管だから、ほとんどが土に埋まっているの。どうしてこんな事になっているのか、考えると不思議よね」

「何かの入れ物にしようとしたのかな」

「中は底の浅いただの空洞よ。入ってみる?」

「うん、土管があると、なぜだか入ってみたくなるよね」


 うす汚れた土管のフチに手をかけて地面を蹴ると、簡単に上にあがれた。カーナも地面を蹴って軽々と上がってくる。土管の底は、周りの地面よりも少しだけ低い地べたになっていた。

「この中、ロケットの操縦席みたいでしょ」

 カーナは嬉しそうに笑うと、土管の中央に飛び降りた。

 僕はフチにつかまって身体を支えながら着地する。


「真ん中に並んで座りましょうよ」

「うん」

 土管の中は、二人が並んで座ってもまだ少し余裕がある。僕は照れながらカーナの横に腰を下した。


「ここに操縦装置があるの。私はメインパイロットで、サトルはサブパイロットだよ」

 カーナは目の前の土管の内壁を指さしてそう宣言した。

「分かった。ここは操縦席で、僕はサブパイロットだね」

 十才にもなると、さすがに『ごっこ遊び』からは卒業していたが、カーナに操縦装置があると言われると、不思議にそう思えてくる。


「では、私達の宇宙船を、『土管ロケット』って名付けます」

「土管ロケットか。面白い名前だね」 

 変な名前だなとは思ったが、間違ってもそんな事は言えない。

「でしょ。今から宇宙探検に出かけない?」

 カーナの瞳はキラキラしている。その透きとおるような空色の瞳を見つめていると、なんだか胸がドキドキしてくる。


「いいね。宇宙探検は好きだよ」

「それじゃ決まりね」

 カーナがそう答えると、土管の壁が戦闘機のコクピットのように計器で覆われた。

 正面には操縦装置らしきパネルが現れ、僕達はいつの間にか身体を包み込むパイロットシートに座っていた。


「離床するわよ」

 カーナがスタートスイッチを押すと、土管ロケットは倉庫の横から勢いよく飛び立ち、そのまま信じられない速度で上昇を続けて、あっと言う間に宇宙空間に到達していた。

 もちろん、これは『ごっこ遊び』での空想のお話だ。


  ――いや、本当にそうであれば良かったのかもしれないが、信じられないことに、僕たちはまごうことなき宇宙空間に浮かんでいた。

 地球が小さな球形に見えるから、かなりの距離を飛んだのは間違いない。

 これには少なからず衝撃を受けていた。軽い恐怖さえ覚えている。


「驚いた?」

「ここは本当に宇宙……なんだよね?」

 半ば覚悟を決めるように答える。

「そうだよ。この土管ロケットはカーナの宇宙船なの。怖かったら地球に戻るけど」

「いや、怖くはないよ。驚いたけど、自分が宇宙にあがっているなんて夢みたいだ」


 突然のことで戸惑いはしたが、もともと宇宙旅行は夢だったから、恐怖はやせ我慢することができた。

 何がどうなって土管が本物の宇宙船になったのかとか、カーナがどうして操縦できるのかとか、色々と疑問が沸き起こってはくる。

 しかし、現に僕が宇宙に上がっていて、屈託なく話せるカーナが友達として隣にいてくれる。それは僕にとっては大事件だから、細かいことは気にしないことにした。


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