静観
小狸
短編
祖母とは、そりが合わなかった。
当時私は、
祖母には4人の子がいて、つまり私には3人のおじさんおばさんがいてその時はまだ、皆と良好な関係を築いていた。
帰省した時、いつも祖母は、私たちを暖かく迎えてくれた。
祖父は、私が生まれる前に他界していたので、遺影でしか見たことがない。
しかし。
「…………」
私の母が亡くなったのは、私が小学生4年生の時である。
死因は、病であった。
医師から病名を告げられて、すぐに入院した。
最初は元気だったのに、あっという間に痩せて
父は、大層悲しんだ。
その時、父が――大人の男性が泣いている姿というのを、初めて見たのを、よく覚えている。
私も、いっぱい泣いた。
それでも――いくら泣いても。
棺の中にいる、質素に綺麗にお化粧された母の瞳が、再び開くことはなかった。
火葬され、かつて母だった骨を見て。
ああ、母はもういなくなってしまったのだ、と改めて実感して、私はまた泣いた。
そして私と父は、静岡の祖母の家に、移り住むことになった。
最初は、いつものように祖母は私たちを暖かく迎え入れてくれた。
祖母と一緒に夕食を作ったり、広い家の掃除を手伝ったり。
楽しい日々だった。
祖母は色々なことを知っていた。
料理の作り方から美味しい食べ方、何もしていない時の過ごし方、編み物の編み方、何から何まで、沢山のことを教えてくれた。
しかしその生活は、ずっとは続かなかった。
老化、と。
この現象を、たった漢字二文字で端的に表せてしまうことが、とても歯がゆい。
まず、祖母の耳が遠くなった。
大声で言わないと、声が届かなくなった。
それに従って、祖母の柔らかかった性格が、徐々に尖ってきた。
あれをしろ、これをしろ、と、私に命令するようになった。
その頃――中学生あたりだろうか――から、私は、小説を書くようになっていた。
小説家になりたい、と思い始めたのは、その頃からである。
祖母は、それが気に食わなかったらしい。
「
と。
台所の勉強場所で、宿題を終えて小説を書いている私に向けて、祖母は開口一番、そう言った。
父は、あくまで家に身を置かせてもらっている身であるというのと、実の母親だからという面もあったのだろう。私がいくら言っても、祖母に言い聞かせることはなかったし、祖母もそれを辞めなかった。かといって、私が部屋の中に引きこもっていると、勝手に扉を開けてきて、こう言うのである。
「小説を書いているんじゃないでしょうね」
こうなれば、監視されているも同じである。
祖母の病状が悪化していくと共に、祖母の監視も、次第に強くなっていった。
ある日、私の部屋に勝手に入り、机に置いてあった原稿用紙をビリビリに破いていた。
「こんな、こんな、こんな、こんなもの」
ぶつぶつとそう
「おばあちゃん、何するの!」
「あんた! 小説家なんて、目指して! あたしはね、あたしだってねえ! やりたいことだって、したいことだって! あったのにねえ!」
私の制止を無視して、祖母はこう言った。
「女が、小説家なんて、目指すなあ!」
しばらく叫んだ後で、何事も無かったかのように、祖母は居間に戻っていった。
それが、祖母と私との袂を分かった事件だったように思う。
その様子を父に報告すると、父は祖母を病院に連れていった。
軽度の認知症であったことが、その時に分かった。
それから先の祖母のことは、正直良く分からない。
私が分かろうとしなかったとも言えるし、父が敢えて情報を伏せていたのかもしれない。
父が私への受験の影響なども考慮したのか、祖母は施設に入れられることになった。私は、高校から全寮制の高校に入学して家を離れた。大学は神奈川県の大学に合格し、大学近辺に一人暮らしをすることになったので、家のことは知らない。
それもまた、父の配慮なのだろう。
相変わらず良く考える父である。
考え過ぎている、とも言えるが。
そんな大学3年生の時。
祖母が脳の病で、緊急手術をするということが決まったらしかった。
講義が終わって、バイトに行く最中に、父から電話が掛かってきた。
私はバイトリーダーと社員さんに欠席の連絡をし、小田急線に飛び乗り、小田原駅から新幹線の切符を買って、急いで静岡の病院まで行った。
「お父さん」
何だか父とは、久方ぶりに会うような心地がした。
「ああ、遥香か」
それくらい、窶れていたということなのかもしれない。
長時間に渡る手術の末、祖母は亡くなった。
父は
そして私もまた。
母の時よりも悲しめていない自分がいることに、心底驚いた。
祖母には、家を貸してもらって、部屋を作ってもらって、母のいない私に励ましの言葉を投げかけてくれて、たくさんたくさん、お世話になったというのに。
どうして私は、駄目だった部分ばかりを、見てしまっているのだろう。
どうして私は、悲しめないまま、諦めたように、静観しているのだろう。
人が亡くなったという事実は、同じなのに。
それから私は、神奈川で就職をして、今は父と離れて過ごしている。
一年に一度、お盆の時期に、祖母の墓にお参りするために、県境を越えると。
あの時の、静かに観ることしかできなかった私を、思い出して。
少し、辛くなる。
(「静観」――了)
静観 小狸 @segen_gen
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