第16話 秒殺
「なん、だと……」
鈴音は俺の猫じゃらしに飛びついた。
しゃがみ込んで猫じゃらしを地面につける前に鈴音が飛びついてきて勝負は決まった。ノータイムだった。
「なぜ、なぜなんだ……」
愕然とする碧月父。目ん玉落ちんじゃねえかってくらい目を見開き、両手を地べたへつく。
そのがっくりと項垂れている姿に、俺はもう煽る気持ちすら消え失せる。
っていうか、実のところ俺もびっくりしていた。
テクニックでは圧倒的に負けている俺。なのに、この猫じゃらしを出した途端に、鈴音の瞳にはこれしか映らなくなってしまった。
ひょっとして、鈴音はナコの匂いが好きなのか?
「……お前、までも」
碧月父がちいさく呟く。その時、彼の後ろの車から人が出てきた。
初老のおじいさん。運転席から出てきたその人は、執事のような服装だった。
「旦那様、これ以上は。予定がおしております」
「……ああ」
おじいさんに言われ、ふらふらと立ち上がる碧月父。
「お父さん」
「お父さんではない」
「鈴音のことは心配しないでください」
「……」
「俺が必ず、ちゃんと助けるので」
「猫だからか」
「猫だから……」
だけじゃない。
「そして友達だからです」
そう、猫だからだけじゃない。俺は今自分の気持ちに気がついた。
一人で孤独な碧月 鈴音。彼女のことをひたすらに助けていたのは、俺が彼女に興味があったからに他ならない。
ある日みた公園で猫と会話をする碧月。
にゃあにゃあ、と可愛らしく喋る彼女のその姿をみて、俺は友達になりたいお思っていた。
同じ猫好きとして、ずっとずっと話してみたいって思っていた。
「……友達だと?」
「にゃあ」
まるで返事するように鈴音が鳴いた。
じろりと鈴音を目をやる碧月父。その眼差しからは刺すような鋭さは消え、どことなく温もりを感じた。
「……勝手にしろ」
ふん、と鼻を鳴らす。
踵を返し、背を向ける碧月父。執事さんがペコリとあたまをさげ、車のドアをあけた。
じっと碧月父の姿をみている鈴音。
バタン、と執事さんが車の扉を閉めた。
「坊っちゃん」
「……?」
執事さんがポケットから手帳を取り出し何かを書き出した。そして、それを破り取り俺へと渡してきた。……坊っちゃんって俺のことか。
「これは」
「私のラインIDです。何か困ったこと等あれば連絡ください」
「……え」
「お嬢様をよろしくお願い致します……では、失礼します」
そういって颯爽と車へ戻っていく執事さん。めっちゃ良い人だな。
車が走りさって残された俺と鈴音。さて、これからどうするか……やっぱり一回家へ連れ帰るしかないないかな。
「にゃあ」
「ん?」
尻尾をぴんと立てて俺に体をこすりつける鈴音。ごろごろと喉を鳴らし始めた。お父さんがいなくなってホッとしているのかな。
「よしよし」
なでなでとあたまを撫でると、もっと撫でろというように手のひらに強く顔を当ててくる。すげえ懐いてるな……いや、わりと最初から懐いてはいたけど。でも、更に好感度が高まっているような感じがする。親愛度12に達してるだろこれ。私服見れちゃうレベル。
「みゃあ」
「ん?」
鈴音は満足したのか、俺から離れた。そしてシャツを口にくわえて引きずっていく。
「……人に戻れそうなのか?」
「んみゅ」
シャツをくわえているので妙な返事になった鈴音。かわええ。
彼女はシャツを引きずっていき、再びアパートの陰に隠れた。
それから数分後。――ガチャリ、とアパートの一室の扉が開いた。一階の一番右。そこから現れたのは、制服姿の碧月だった。……なんで制服?
「……」
はたと目が合う。するとじわじわと頬が赤らんでいく。……気まずい。めちゃくちゃ気まずい。
「えっと……」
「と、とりあえずっ」
その気まずい雰囲気を打破すべく俺が口を開いた瞬間、碧月がそれを遮った。
「部屋に入って。誰かにみられたら嫌だから……話は中で」
「あ、ああ……」
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