第8話 殺し屋かな?


信じられないくらい俺へのクライミングスキルが上達してしまった鈴音さん。俺がどこかにいこうとすると数秒で頭頂し、防止のように頭にぶら下がる。なんというにゃんにゃんクライマー。


「みゃあーあ」


「……お腹すかねえの?」


俺はそんな名クライマー鈴音さんに拘束され、部屋を未だに出られずにいた。遊びたいのはわかるけど……ってかめっちゃ遊びたがるな?なんなら、いっそ遊び疲れさせちまおうか?


「鈴音、そんなに遊びたいのか?」


「にゃん」


……さっきから思ってたけど、やっぱり俺の言葉理解してるくさいな。や、まあ、元が碧月って人間なんだから当たりまえなのかもだけど。……いや、つーか、そもそもこれは夢か。言葉が通じても不思議は無い。


「鈴音はご飯より遊びたいのか?」


「みゃん」


ひょこひょこと尻尾をふりふりする鈴音。肯定の意味か。てかバカ可愛い。


「よし、わかった。じゃあ遊ぼう」


俺は昨日机から出してきて結局使えなかった玩具を箱から取り出す。


ねーこーじゃーらーし〜!


釣り竿のように持ち手の棒から紐が続き、先が細長いふわふわとしたなんかあれになってる猫じゃらし。家のお猫様とも昔これでよく遊んだもんだ。懐かしい……。


鈴音は玩具をみた瞬間、しゅばっと立ち上がった。尻尾がぶんぶんふらさっていて、明らかに遊びたさMAX。まあ、まてよ鈴音さん……これから足腰立たなくなるくらい、たぁーっぷり遊んでやっからさあ。にちゃあ。


ちらちらと興奮気味に俺をみてくる鈴音。俺は釣りをするが如く猫じゃらしの先っぽを向こうへ放り投げた。


その瞬間物凄い勢いで駆け出す青い影。今までのスピードはだいぶセーブしていたことがうかがえるほどの俊敏さで猫じゃらしを追いかけはじめた。


(……ぶねえ、一発で捕らえられるところだった!)


うまく切り返し鈴音の猫パンチを回避する。俺も猫じゃらしの扱いには熟練上級者としてのプライドがある……そう簡単にはやられねえぞ、鈴音!


ぴょんぴょんと跳ねさせたり、緩急をつけ床を這わせたり、鈴音が楽しめるように猫じゃらしを操る。


ひゅんひゅんとあちいきこっちいき縦横無尽に走り回る鈴音さん。壁を三角蹴りしたり、飛び上がって体勢を変えたりとなんともアクロバティックな動きをしている。これ、Youtubeとかに投稿したら再生数めっちゃ稼げるんじゃ……。


まずビジュアルが良いし、愛嬌もあるし、運動神経質も普通のお猫様よりかなり高いし、バズる要素しかない……ウチの鈴音ちゃんインフルエンサーキャットになれちゃうかも!?ウチのじゃないけど!


――コンコン


「……!!」


鈴音との幸せな時間に浸っていると、部屋のドアがノックされた。


「……にぃに?」


扉の向こうから、俺を「にぃに」と呼ぶのは妹の葵。おっとりとしたしゃべり方の小学五年生。少しませた子供で俺がいない間に部屋のギャルゲを勝手に拝借してプレイしたりしている……って、んなことはどうでもいい。


(あぶね、部屋の鍵かっておいてよかった……)


俺は鈴音に「しー」と人差し指をたて、静かにしてとジェスチャーをする。不思議そうな顔で俺をみている鈴音。あれ、これ理解してんのか?とちょっとした不安を覚えつつ、扉に近づく。


「どうした、葵?」


「にぃに、どうしたはこっちのセリフだよぅ。さっきからなんかうるさいんだけどー……なにしてるのぉ」


「あ、いや……ちょっと運動不足だから、運動を」


「……運動ぉ?」


「Switchのやつ」


「あー……もうやらないのかと思ったけど、またやりはじめたんだぁ」


「まあな。……それだけ?」


「うん。もうすこし静かにやってねぇ」


「わかった、すまん」


「あ」


「ん?」


「なんだか、懐かしい匂い……」


「懐かしい?」


「にゃんの匂いがするぅ」


「……昨日、猫カフェ行ったからな。風呂も入っとらんし」


「あー……にぃに、くちゃい」


「すまん。後で入るわ」


「わかったぁ」


とたとたと扉の前にいた葵が立ち去る音がした。


「……ふぅ、なんとかなっ、ぐ」


タイミングをみていたのか、鈴音がまた背後から登り頭頂してきた。


「まだまだ元気かぁ……すげえ体力だな鈴音」


「にゃあ……く、さん、遊べて……」


「ん?」


「嬉し……にゃ」


ぐぐぐ、と鈴音の重量が増した気がした。……って、気の所為じゃないぞこれ!?


明らかにどんどん重くなってきた鈴音。気がつくと首横から白い腕が伸び、誰かが背後から抱きついていた。……って、誰かがじゃなくて、これは間違いなく。


耳元で鈴音の吐息が聞こえる。はあはあと呼吸が少し荒いのは、さっきまで運動をしていたからなのか。


「あ、あの……鈴音、じゃない!碧月」


俺が動こうとした瞬間、


「……動くな。振り向けば殺す」


耳元で碧月の冷たい声が聞こえた。


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