第5話 なんにゃの
――時が、止まっていた。
碧月と俺はおそらくは同じ表情をしている。目を丸くし、口を半開きにして、とても間の抜けた顔を。
「……ひっ」
「はっ、まて!!」
息を吸い込む音を聞き、叫ばれることを察知した俺。瞬時に彼女の口を塞ぎ押し倒す。
「まて、静かにしろ!!叫ぶな!!」
「んむぐぅ!?」
碧月は俺の言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。そして俺の腕を掴み暴れ出す。
「落ち着け、落ち着け!!」
「んぐううう!!」
女の子の愚痴を無理矢理塞ぐなんて、最低なことだとは理解している。けれど、このまま叫ばれ家族がきてしまえば俺は確実にヤバいことになる。
具体的にはこの現場を写真に撮られ、以降弱みとして握り続けられるだろう。それだけはまずい、ヤバすぎる。
ばたばたと暴れようとする碧月。
「んんんーー!!んん!!」
青いがじわりと濡れ、顔が真っ赤になる。まずい、これ息が……苦しいのか!?
「碧月、頼む!!はなすから叫ばないでくれ!!ここは俺の家なんだ!!叫ばれたら死ぬ!!」
碧月がハッとした表情になり、急におとなしくなった。そして小さく頷き、声を出すのをやめてくれた。
……信じるぞ。
ゆっくり手をはなす。
すると彼女は素早く布団を惹き寄せ、体に纏った。
「……み、みた……?」
「え」
「みてないわよね!なにもみてない!!」
「あ、いや……」
「うるっさい!!みてないと言いなさい!!誓いなさい!!もしみていたとしても記憶から消しなさい!!消せないというのなら、そう言いなさい!!ただちにいますぐそっこーで私が君の存在ごと消してあげる!!そして私も死んでやるから、はっきり言えやあああ!!!」
めちゃくちゃ早口で碧月はそういった。め、目が血走っている……殺されるのも死なれるのも嫌なんだが。今の見てる見てないって、裸のことだよな……正直わりと見えてしまっていたんだが。
まるで毛を逆立たせ威嚇する猫のような雰囲気。殺気がびしびしと伝わってくる。基本クラスでは物静かな碧月だけど、テンパるとこんな風になるんだな……。
「み、みてない!大丈夫だ、なにもみてないぞ!」
とにかくこれ以上叫ばれたらヤバい。ここは碧月の望むままに話を進めよう。
「嘘、嘘よ!!その顔は嘘をついてるわ!!」
「いや、嘘じゃない!!だからまて、おちつけ!!冷静に話そう!!」
「だって、だってえ……わ、わたし、なんで…………こんな」
ぽろぽろと碧月の頬を雫が伝う。
「な」
ハッ、とする碧月。
「……ま、窓……閉めてなかったせいで……私のばかぁ……ふぇ」
あ、碧月が泣いたあああーー!!
これ、どうしたらいいんだ……とにかく、ティッシュ。俺はベッド横のテーブルに置いてあるティッシュ箱をとり彼女に手渡した。
「こ、これ」
「……」
碧月はじろりとこちらを睨み受け取る。そして数枚ティッシュを抜き取り涙を拭いた。
これは落ち着くまで少し待ったほうがいいか?けど、このままじゃ風邪ひいちゃうんじゃ……そもそもなんで裸で俺の部屋にいるのかはわからないけど、とりあえず着るもの出してやろうか。
「……あ、あのさ、碧月。俺のでよかったらシャツとかかすけど着るか?そのままだと寒いだろ」
こくりと頷く碧月。意気消沈。先ほどまでの攻撃的な雰囲気は薄れ、どんよりとした負のオーラを彼女は纏っていた。や、まあ……気持ちはわかるけど。異性のクラスメイトに裸をみられたらそうなるわな。
着替えの入っているケースから未使用のシャツを取り出す。これは依然猫カフェにて行われたイベントで手に入れた記念のシャツ。真ん中に肉球がデザインされていて可愛らしい。
「碧月、これ着てくれ」
シャツを渡そうと碧月に振り返る。
……ん?
その瞬間、俺の頭の中が「?」で埋め尽くされた。
俺はシャツを手に持ったまま立ち尽くす。そしてあるものに視線が奪われていた。
顔を布団に埋める碧月、彼女のある部分に。
(……あれって、猫耳……?)
そう、ぴょっこりと碧月の頭上に二つの耳が生えていたのだ。猫耳にそっくりで、ふわふわとした耳が。
顔をわずかにあげ、ジト目でこちらをみる碧月。
固まって動かない俺を不思議に思ったのだろう。彼女は俺に向かって言葉を放つ。
「……なんにゃの?」
なんにゃの!?
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