第17話 目標点
観測室の自動扉が静かに閉じる音が、やけに遠くに感じられた。
中へ戻ってきたはずなのに、足裏の感覚はまだ防波堤までの砂利道を歩いているようだ。
胸の奥では、光の粒となって消えていった父の姿が、何度も何度も
息を吐くたびに、現実と記憶の境界がにじんでいく。
照明の白色光がやけに冷たく、観測室全体が水の底に沈んでしまったように重い。
その手の中には、まだあの金属片があった。
無意識に握りしめたまま、指先の跡がくっきりと残るほど強く。
置こうと机に手を伸ばすが、その瞬間、指が勝手に縮こまり、掌は閉じられてしまった。
──離せなかった。
あの瞬間の重さまで、机に置き去りにしてしまいそうで。
ゆっくりと視線を落とす。
錆びた金属は、小さな部品にすぎないはずなのに、不思議と今も温度を持っている。
冷たさと、そこに潜む微かな熱が、掌の中でせめぎ合っていた。
> 「レイカ、その金属片、」
ソラの声が、少し低くなった。
観測装置のセンサーが金属片に反応を示し、画面に淡い波形が現れる。
その線はまるで心電図のように、不規則な鼓動を刻んでいた。
「……動いてる?」
> 「はい。規則的に振動しているようです」
ソラの制御下で解析を始めると、データの層が幾重にも重なって現れた。
どれも数字や文字ではなく、音の断片だった。
かすかな笑い声、遠くで鳴る波、子どもの足音。
聞き覚えのある旋律が一瞬だけ混ざり、すぐにノイズに溶けていく。
それらはランダムではなく、何かの順序で並べられているようだった。
> 「……これは記録ではありません。記憶です。」
「記憶?」
> 「はい。これは物理的なログではありません。時間そのものに刻まれた、誰かの体験の断片です。普通は観測したり、記録したりできないはずですが……」
音の断片が次第に形を持ち、一つの声が浮かび上がる。
それは、幼い自分に向けられた、あの声だった。
> 『──中心で会おう』
瞬間、観測室の照明が一度だけ明滅し、計器の針が揺れた。
解析画面には、解読不能な文字列が高速で流れ、やがて流れが収束する。最後に、座標のような数字と符号が淡く浮かび上がった。
『W-00°00'05" N-51°28'40"』
見覚えはない。地図を頭の中で思い描いても、その地点に心当たりはない。
「……位置情報だな。地球上……いや、現在の地表座標系ではない」
ソラが淡々と告げる。
だがレイカは、その数列を見た瞬間、理由のわからない胸のざわめきを覚えていた。
行ったことはないはずなのに、そこに何かがあると確信できる感覚――。
「……ここに行けってこと?」
その呟きが、観測室の空気に沈み込むように消えた。
掌の部品は、まるでその言葉を肯定するかのように、再びわずかに熱を帯びた。
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