第14話 中心点侵入

時計の針は、もう“止まりかけている”というより、**自分のうごかたすら忘れた**ようだった。

観測室のモニターには、時刻や数値の代わりに、にじむ色の斑点はんてんや読めない記号が踊っている。

数字はもはや意味を持たず、計測そのものが“現象”に追いついていない。


背後で、ソラの声がかすれる。


> 「時空輪じくうりんかく……認識……崩壊」


機械音声のはずなのに、途切れ途切れの発音には、かすかな“ためらい”のようなものが混じっているように感じた。

レイカは答えず、ただ窓の外を見つめる。


---


街は変わり果てていた。

遠くのビルは輪郭を失い、骨組みだけが透けて見える。

自動車は道路を滑るのではなく、**空へ流れて**いく。

空気は水のように波打ち、影は二重に伸び、別々の方向へ消えていく。


「これは……中心点に“引きずられて”る?」

> 「座標は、もはや位置を示していません」


ソラの返答は事実を告げているのに、もはや“現実”の報告には聞こえなかった。


---


観測室の床が、ふっと透明になる。

その下に広がっていたのは、上下も左右もない、深さも距離も測れない空間。

足元から、あの旋律がみ出してくる――いや、これは音ではない。

光の糸のような粒子が、床の割れ目から舞い上がり、指先や視線に絡みつく。


> 「中心点への侵入が……始まりました」


「ここが……中心点の外縁がいえん……?」


言葉にしてしまった瞬間、空間がかすかに応えるように、旋律が強くなった。


---


壁際の計測器に視線を移すと、そこには“負の時刻”や存在しない時間、真っ白な空欄くうらんだけが流れていく。


そして、その横に映ったのは――幼い自分の姿だった。


白いワンピース、海辺の防波堤ぼうはてい、濡れた風の匂い。

記憶ではない。

窓の外の現実と同じ“層”に、その情景が立っている。


ひと呼吸ごとに、過去が物質のように形を持っては、崩れて消える。


「これ……私?」


> 「中心点付近では、過去は**物質化**しているようです」


ソラの声がどこから届いているのか分からない。

室内の空気がふくらみ、耳の奥で囁くような声が混じる。

それは旋律と溶け合い、言葉にならない音の波として心に触れる。


――知ってる。この声。


---


突如、すべての色がせ、白と黒の干渉模様だけが視界を埋め尽くした。

ドアを開けても、そこにはもう“廊下”は存在しない。

通信も電波も届かない。

ただ、ここにいる自分とソラだけが記録を続けている。


> 「ここから先は……記録のためだけに存在します」


「じゃあ、行きましょう。……中心点の中へ」


そのとき――旋律の中に、確かに聞こえた。

「レイカ」という発音。


声は耳を通り抜け、骨の奥にまで染み渡るように響いた。

呼吸とともに空気ごと押し込まれ、体の隅々に広がっていく。


懐かしい声色が、こちらを呼んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る