異世界転移してヒロイン目指したけど平和すぎるのでのんびり過ごします
白河そら
プロローグの件
第1話【空き部屋に不思議な箱があった件】
とある世界、小高い丘の上にいる銀色の髪を持つ少女が茜色に染まった空を見上げてつぶやいた。
「・・・・・・不思議な空ね。何かが起こりそうな・・・・・・そんな感じの空・・・・・・」
それもそのはずで、まだお昼時で、普段なら青空が広がっているはずだ。
少女は、少し考えてから懐に手を入れて、カードデッキを取り出し、それを空中へと放り投げた。
「風よ舞え、風よ語れ・・・・・・」
少女が呪文を詠唱すると、2枚のカードが少女の手元に流れてきた。
黄色いゼラニウムの花と百合の花が描かれていた。
次の瞬間、少女の真後ろで眩い光が溢れた。
*
学園都市。それは、あらゆるものが最新のテクノロジーによって管理されている都市。だが、その未来都市に通う少女は、ヒロインに憧れ、そして今日も“ヒーロー部”として活動していた。
この物語は、そんな少女が異世界で、様々な人たちと出会い、色々なことを経験して真のヒロイン(?)を目指す物語である。
放課後のチャイムが鳴ると、教室のあちこちで椅子を引く音が重なり、まるで開戦の号令みたいにみんなが教室から飛び出し、部活に向かう。
その一方で、一部の生徒たちは帰宅部なのか雑談をしながら、のんびりと準備をしてから帰ろうとしていた。
この学校は、学生には公共交通機関フリーパスというのが渡されているため、バスに乗ろうがタクシーに乗ろうがモノレールに乗ろうがタダである。
学校前から、出ているシャトルバスに揺られること20分。寮に到着した。
寮と学校は相当に離れているため、普通に歩くと40分以上かかる。そのため、この時間を短縮出来るのは素直に嬉しい。
公共交通機関フリーパス、万歳!
と、心の中で喜んだ。
一旦自室に戻ってカバンを置いてから、今日の一日一善の為に、旧寮へと向かった。
寮の西塔――通称・旧西寮。
古い寮の建物で、今では使われていない。
今日は、その空き部屋の清掃手伝いに名乗りを上げたのだ。
西塔の入口は、自動ドアじゃなくて古びた引き戸だった。ぎい、と音を立てて開けると、中からはホコリの匂いと、少しだけ涼しい空気が流れてきた。
「いかにも“秘密基地”って感じ!」
テンションが上がる。
こういう空間、大好きだ。
モップとバケツを手に持って、薄暗い廊下を進む。壁には昔のポスターが貼られたままで、「平成19年度 清掃週間」とか書いてある。……何年前だよ。
「ええと、今が令和7年だから……」
考えながら曲がり角を曲がると、寮母さんと出会った。
「あら、あなたが来てくれたの? えらいわねえ。誰も来ないかと思ってたのよ」
「あ、はいっ。……任せてください! ヒーローですから!」
元気よく返事をしたら、寮母さんが一瞬ぽかんとした顔をして、それから優しく笑った。
「ふふっ、頼もしいこと。気をつけてね」
ぺこっと頭を下げて、私は再び廊下を歩き出す。
西塔の中は、廊下に差し込む夕陽すらどこか淀んでいるように見えて、静けさが耳をふさぐみたいに満ちていた。
今の寮は、全てが自動化されており、電気もドアもエアコンも、全てがスマート制御されている。
しかし、この旧寮は今の寮が出来てから放置されていたこともあり、旧態依然とした、昭和風の建物だ。電気を点けるにも、ドアを開けるにも、全て自力でやる必要がある。
「こういうのって、楽を覚えちゃうと、やっぱり煩わしく感じるよね……」
手探りで電気をパチパチ点けながらぼやいた。
しかしふと思えば、この学園都市に来る前は全部手動なのは当たり前だったので、この学園が頭おかしい(褒め言葉)だけである。
噂によれば、将来的に学園都市全体に動く歩道を設置しようとしているらしい。やっぱりこの学園は頭がおかしいと思う。もちろん、褒め言葉的な意味で、ね。
「うーん……埃っぽい……。マスク持ってきておいてよかった」
雑巾とモップを持ち、マスクをして歩きながら、お目当ての部屋に辿り着き、ドアを開けると、ひときわ重い空気を感じた。
「ここ……だよね。清掃リストに書いてあった“205号室”」
中は、他と同じように古い家具が残されたままだった。でも――なぜか、この部屋だけ妙に整っているように感じた。
ベッドメイキングもされていて、棚もやや片付いている感じ。まるで、つい昨日まで誰かがいたような気配すらある。
「うわ……こういうの、逆に怖いやつでは?」
そう言いながらも、恐る恐る室内を歩く。掃除が目的だから、見て見ぬふりはできない。
壁のロッカーに手を伸ばし、扉を開くと、小ぶりな木箱が一つ中に入っていた。
埃はかぶっているが、不思議と質感が違う。
「これは……お宝発見、ってやつ?」
そっと持ち上げてみると、見た目よりずっと重い。木箱というより、小さな宝箱に近い作りで、蓋の表面には謎の紋章と、古代文字っぽい刻印が彫られていた。
なんだっけ、ゲームとかにも出てくるような文字だけど、”ルーン文字”とかだった気がする。
「読めない……けど、ゲームだったら“封印”とか“鍵付き”とかそんなやつだよね、これ」
興奮と若干の不安が入り混じったまま、そっと蓋に触れる。
すると、箱の底で何かが“カチリ”と外れる音がしたと思ったら、蓋が、少しだけ浮いた。
「ええっ、開くの!?」
慌てて両手で押さえるようにして開けるとそこには、どこからどう見てもカードキーのような何かが、まるで王座に座るように鎮座していた。
頭の中で、ゼ○ダのSEが流れる。あの、「ゴマダレ~」というやつだ。もちろんただの空耳である。
「何これ、カードキー?」
手に持って持ち上げると、『チャリ』と音がした。持つ前はわからなかったが、カードキーのような何かには、金属製のストラップがついていた。
そのカードは現在学園都市で一般的に使われている、プラスチック製ではなく、光沢のある金属製だ。
カードの表面には、どこかの国の紋章のようなものが描かれており、裏面にはカードキーにはあるはずの、磁気ストライプがなかった。ICチップもない。
「こ、これって……絶対なんかあるやつじゃん……」
どう考えても『だいじなもの』案件である。捨てようとすると『それを捨てるなんてとんでもない!』と言われそうなものを手に入れた。
「どうだい? 掃除は進んでいるかい?」
カードを眺めていると、ふと後ろから寮母さんが話しかけてきた。
「ひゃいっ! す、進んでいます!」
変な声が出てしまった。突然後ろから話しかけられたのだから、仕方ない。
それを見て、寮母さんが笑っていた。恥ずかしい……。
「なんだい、変な声を出して。そうそう。この部屋のものは、何か使えるものがあったら、持って行っちゃっていいからね」
「え、いいんですか?」
「ええ。近々、この旧寮は取り壊す予定でね。再利用できるものは、再利用してもらおうと思ってるんだ」
まさに渡りに船だ。
そう考えて、さっき手に入れたカードと箱をポケットにしまった。ちょっと大きかったけど、何とか入った。
「さ、完全に暗くなる前に、終わらせておくれよ」
「は、はい!」
寮母さんに促されて、部屋の片付けを進めた。
ふと思えば、掃除自体もスマート家電がやってくれるので、散らかしたものの片付けを除いて、掃除らしい掃除はしていない気がした。
「ル○バって、やっぱり便利だったんだなぁ……」
ボソッとつぶやきながらも、せっせと手を動かして、掃除をテキパキと進めた。
実家では、部屋の片付けをしないと両親に怒られたので、整理整頓だけはしっかりとしていた。変身アイテムは、キチンとケースに入れて棚に飾っているし、ソフビもケースに入れて飾っている。
そういえば、最近家に帰ってないなぁ。たまには、家に帰った方がいいかな……。そう考えながらも、黙々と掃除を続け、終わったのは19時を回ったくらいだった。
「あー、疲れたぁ……」
「お疲れさま。さ、食堂に行って、ご飯でも食べようか。今日は、手伝ってくれたお礼に、特別メニューだよ」
「やった!」
ハルカと寮母の二人は、旧寮をあとにして、食堂へ向かった。
この日、何気なく交わした会話。何気なく食べた晩ごはん。
けれど後になって思えば、それが寮母さんと交わした最後の言葉であり、最後のご飯だったのだ。
明くる日。つまり、土曜日である。土曜日ということは、休みである。
寮母さんから、使えそうなものは持って帰っていい、と言われていたので、面白そうなものを持って帰ってきていた。
「まずは、このカードキーのようなもの。カードキーと呼ぼう」
金属光沢の“カードキー”をじっと見つめた。
重みは確かにある。手のひらの中でずしりと存在を主張するその感触に、ちょっとだけ背筋がぞわっとした。
「これ……もしや、“変身アイテム”では?」
そのカードを装填できそうなものを、部屋を片付けている時に見つけていたので、それを取り出した。
「ディ○ンドラ○バーかな」
しかし、ディ○ンドラ○バーが装填できるカードは、紙のカードである。
金属製のカードは装填できない。
もっとも、勝手にディ○ンドラ○バーと言っているだけで、別にディ○ンドラ○バーではない。
そもそもの年代として、平成19年は2007年だ。この時期は、仮○ライダー○王が放映されていた年で、ディ○ンドラ○バーが出てくるディ○○ドは、その2年後だ。
「もしくは、ラウザーとか?」
カードを使うライダーは、○王以前にも存在しており、龍○やブ○イドがそれだ。ただ、どちらも紙のカードであるため、やはり金属製のカードは装填できない。
「でも、カードで変身かぁ。いいよね、カードでの変身って。ロマンあるっていうか」
しみじみとしているが、何も解決していない。
「でも、変身とかしたら、敵が襲ってくるのかな。で、敵の幹部とか倒すけど、更に強い敵幹部が出てきて敗北……からの、覚醒イベントまでがセットだよね」
中二病的な妄想をしながら、カードキーを見つめていたが、ふと部屋の電気がチカッとしたような気がした。
「んー? 気のせいかな? ふわぁ~あ。眠い……。ちょっと寝ようかな……」
お昼寝をしていると、ふと夢を見た。
扉の前に立つハルカと、ハルカによく似た銀髪の人物。
茜色に染まる空の下に立つその少女は手に1枚、何かカードのようなものを持っていた。表面の絵柄までは分からなかったが、どことなく旧寮で見つけたカードキーに似たような柄が、裏面に描かれているのが見えた。
うとうとして目が覚めたら、日が完全に落ち、夜になっていた。
「え! 休みを無駄にした!」
時計を見ると、すでに19時を回っていた。
昼前から寝ているので、8時間は寝ている。非常に健康的だが、起きてから朝ご飯もお昼ご飯も夕ご飯も食べずに寝ていたので、ある意味で健康に悪い。
「何か食べてこようかな……」
とつぶやきながら、ベットから飛び起きると、お腹の上に乗っていたカードキーが、床に『カラン』という音と共に落下した。
あちゃー、と思って拾おうとしたら、カードキーが淡い光を帯びた。
「え?」
と思ったのも束の間、眩い光に包まれた。
「なになに!?」
一瞬驚いたが、光は急速に小さくなっていき、ハルカの目の前に扉のようなものが現れた。
というより、光が扉のようになっていた。
まるでハルカを導くかのように、淡く光扉。ドアノブの下には、何かを差し込むような場所があった。
「もしかして、これ……?」
確証はなかった。しかし、カードキーが光ったから生まれた扉。それなら、カードキーは、カードキーのような何かではなく、文字通りカードキーだったと考えるべきだ。
ハルカはこのまま扉をくぐるのは危険な気がしたため、準備をした。
「ええと。これと、あれと、それと……」
準備をしていく中でふと、ベッドの左手のあった場所に置かれていた、銃のようなものが目についた。
「……これも、持って行った方がいい気がする」
そうつぶやきながら、昨日部屋に帰ってきてから作った、お手製のホルスターにその銃を装填して、リュックを背負った。
この扉をくぐると、二度とこの世界に帰ってこれない気がする。
ハルカは、確証はないけれどそんなことを思っていた。
「でも……。行ってみるしかないよね!」
この世界に未練が無いわけではない。けれど、この世界への未練より、扉を開けた先にある世界に対するワクワク感の方が、勝っていたのだ。
二度と戻って来れないかもしれない。だけど、そんな不安はワクワク感の前には無力だった。
「いざ、光の先へ……!」
カードキーを入れると、「カチリ」という音がして鍵があいた。
緊張しながらも扉を開けると、その先には広大な草原が広がっていた。
「す、すごい……」
こうして、ハルカはその光の扉をくぐり、異世界『フィオレ=ルミエ』へと足を踏み入れたのであった。
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