第3章 カミラの屋敷へ

「うわっハー!」


 ラーリはよだれを垂らして、目の前のにくじゅう滴るラム串を見つめた。


 一口大にカットされたラム肉は、団子状に積み重なっている。


 肉と肉の間にはニンニクとネギが挟み込まれ、その表面には刻まれたコリアンダーが散らされている。爽やかな香りが食欲を刺激した。


 神殿広場の屋台は、今日も活気でみなぎっていた。


 彼女は串焼き屋の前で足を止め、立ちのぼる羊肉の匂りに、クンクンと鼻頭を動かす。


「おっさん、二つください」


「はいよっ!」


 ラーリは何のちゅうちょもなく、串焼きを頼んだ。





「そんなに食べて大丈夫? お昼ごはん食べたばかりじゃない」


「らいじょうぶれす。犯人捜しに仲間ができたと思ったら、急に食欲が戻ってきました」


 ハピの心配をよそに、ラーリは肉をほおった。


 じゃくいしのありかを追って、わざわざ都の中心まで来たのだ。


 ラム串の一本も食べないなんて、砂漠にラクダがいないのと同じくらいありえないとラーリは感じていた。


(——それに)


「きっとこのラム肉は、わたしたちを助けてくれますよ」


 ラーリは食べ終えた串を、書記官のペンのように振ってみせた。


「肉の中にじゃくいしが入ってるってコト?」


「串焼きの香りをよく覚えておいてくださいね」





 市場には様々な店がのきを連ねる。


 八百屋、肉屋、パン屋、香辛料屋……。


 二人はひしめき合うテントを左右に見ながら広場を抜け、神殿の目と鼻の先にある、犯人カミラの家へと向かった。



 ♢ ♢ ♢



「ご、豪邸ごうていね……」


 目の前に現れた巨大な建物に、ハピは後ずさった。


「お嬢様ってヤツです。いつの時代も悪役は、少し気の強いじょうだと決まっているでしょう。


 まったく、丁寧にナツメヤシの木まで植えて! 見てください、シンメトリーがらの玄関が超かわいいじゃないですか!」


めてどうするの」


 カミラの自宅は豪華であった。


 日干しれん邸宅ていたく


 白い漆喰しっくいと赤れんの屋根が、太陽を反射して、まぶしいほどに輝いている。


「どちら様ですか?」


 水差しを抱えて玄関から出てきたのは、リネンのワンピースを着た、使用人とおぼしき女性だった。


 三つ編みの黒髪に、とがった目が少し怖い。


「お嬢様は今、上階のバルコニーで日課の瞑想めいそうをされています」


 ラーリが事情を告げると、女性は淡々とした口調で返答をよこした。


 祈りの時間だったらしい。


「ラーリさんと言いましたね? お嬢様から伝言を一つおおせつかっていますのでお聞きあそばせ」


 使用人は服のポケットからパピルスのメモを取り出した。


 女は小さく息をついてから、ゆっくりと口を開く。


「〝じゃくいしを見分けたのは評価してあげます。でも、エジプト一の染料師はあたしです。


 あなたが本当にエジプト一の染料師なら、次の試練をパスしてごらんなさい。合格できれば、屋上へ続く階段の鍵をあなたに渡しましょう〟」


(試練?)


 ラーリの顔がくもった。


 本人に会うだけなのに、なんて仰々ぎょうぎょうしいと彼女は感じた。


〝パスする〟だの〝しない〟だの、どの口が物を言っている。


 エジプト一はこのわたし。周囲はみんな自分より劣っている。カミラらしい態度だ。


(この、親の七光りの、すっとこどっこいがっ!)


 ラーリは額から湯気ゆげを出すのだった。

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