第2章 サラダ作戦

 中庭から、野菜を洗う音が響いていた。


 広げた亜麻あまぬのに野菜を並べると、ラーリは磨き上げられた石ナイフを手に取る。



 きゅうりは輪切りに。


 玉ねぎは半月に。


 ナスは縦にスライス。


 レタスは手で千切って小さくした。


 彼女は色とりどりの野菜を皿に盛り付けると、仕上げとばかり半分に割ったレモンを丸ごと飾る。


 ラーリ特製『玉ねぎとナスのサラダ』の完成だ。


 謎解きに腹ごしらえは欠かせない。


 昼食と称して出されたメニューに、友人は笑顔のまままゆをピクつかせた。


(なんて豪快なレモン使いなの……)


「買い過ぎたと言ったでしょう?」


 ラーリはパンにサラダをのせ、憤然ふんぜんとパクついてみせた。


「おかげで、楽しい楽しい酸味サラダの毎日を送っていますよ。実にキレイな肌になりました」


 彼女は自分のほっぺをでる。


 噛むたびに、ナスの甘さとレモンの酸っぱさが、奇妙なハーモニーを奏でるのだった。



 ♢ ♢ ♢



「そろそろ、ですかね」


 食事を終えたラーリは、冷たい水をコップに注いだ。


 テーブルの上に置かれた青ガラスは、とがった先に、輪切りレモンが突き刺さっている。


 彼女がレモンを慎重に取り外すと、ガラスの表面を見るようハピに促した。


「どうですか? どんな変化が見えますか?」


 ラーリの先生口調。


 じゃくいしはレモンで判別できる。それが彼女の言分いいぶんだった。


 ラーリが質問するや、ハピは顔を近づけて凸凹でこぼこしたガラスを観察してみた。


 レモンが触れていた箇所は、周囲と比べわずかにつやがある。


「テカテカしてるわね」


「そうでしょう、そうでしょう!」


 ラーリは目を輝かせた。


「テカテカする。この反応こそが、この石っころがじゃくいしではない証拠です!」


 彼女は人差し指を振りながら説明を続ける。


「いいですか? 宝石を見分ける方法の一つは、弱酸に対する反応です。


 じゃくいしと青ガラスは、一見するとブルー系統の同じ石です。


 けれど、レモンをかければこの通り。孔雀石とは似ても似つかぬ反応を示します」


 レモンで泡立ち、表面がくすむのが本物。つやが増し、光沢を放つのが偽物なのだと、彼女は鼻を高くして説明した。





 ハピは手をポンと叩いた。


「なるほど!」


 要するに、


「レモンの買い過ぎも職人芸だったと」


「それは違います……」


 ハピの追及に、ラーリは顔を赤くして縮こまるのだった。





じゃくいしじゃないことはわかったけど、本物の石はどこへ消えたのかしら」


「彼女、カミラは、私を試しているんですよ」


 ラーリは水を飲むのを止め、コップを下に置いた。


「挑戦状です。今日中に本物のじゃくいしを取り返してみせろ。でなければ、わたしがお前の地位を奪ってやる」


 ラーリは含み笑いをした。


「いい度胸じゃないですか。わたしを誰だと思っているんです。エジプト一の染料師の名にけて、その挑戦、受けて立とうじゃないですか!」

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