第4話『貴族としての生まれと、人としての距離感』

「坊ちゃま、今日もお元気そうで何よりですわ」


クラリスがにこやかに笑いかける。

俺はベビーベッドの中で彼女の言葉を受け止めるだけだが、

その声の調子、手の温もり、すべてが温かい。


魔力判定の翌日から、周囲の空気が微妙に変わった。


屋敷の使用人たちは俺に対して、

以前よりも一層、丁寧に、ある種の“畏れ”すら混じった態度を取るようになった。


(……まぁ、仕方ないか)


闇と無属性の完全適合。

魔力の絶対量も歴代最高クラス。

帝国中を探しても、数えるほどしかいないレベルだと、神官が騒いでいた。


貴族社会では“才能がすべて”で、

その序列は、もはや血統より重視されることすらある。


つまり、俺は“期待される存在”になってしまったわけだ。



前世の俺は、そんな期待に応えようと必死だった。


空気を読み、人の顔色を見て、求められる自分を演じ続けた。

でも、どれだけ努力しても報われないことの方が多かった。


だからこそ――

“悪役”レオンに惹かれたんだと思う。


あいつもまた、自分の責務と理想の狭間で、

「立派であろう」と必死にもがいていた。


その結果が破滅だったなんて、あんまりだ。


俺は、もう“誰かの理想”を演じる気はない。

ただ、自分が信じる“正しさ”を選び続けたい。



「坊ちゃま、こちらをご覧になりますか?」


クラリスが見せてくれたのは、絵本だった。

貴族の子ども向けに作られた、帝国の神話と英雄譚を描いたものだ。


黄金に輝く剣を持つ少年が、

竜と魔物を斬り伏せて人々を救っている。


「これは《始まりの勇者》と呼ばれたお方ですわ。帝国の初代皇帝に並ぶ、英雄でございます」


原作主人公・カイルも、この“勇者”の再来とされていた。


(そして、俺は――その“勇者の道”に立ち塞がる悪役、だった)


……笑えない。


でも、少しだけ違う考えも浮かぶ。


(道を阻むんじゃない。俺は、もう一つの道を示してやるんだ)


栄光も称賛もいらない。

ただ、自分を守れる強さを。

そして、周囲を見下さない視線を。


それを持った“貴族”になれたなら――

きっと、レオンという存在にも意味があったと思えるはずだ。



その日、クラリスはベビーベッドの脇に膝をついて、俺の額にそっとキスを落とした。


「坊ちゃまは、きっと立派なお方になります。

 でも、それ以上に――どうか、幸せなお方になってくださいませ」


俺は、応えるようにまばたきを一つ返した。


期待には応えられないかもしれない。

それでも、俺の生き方を信じたい。


“推し”のためじゃない。


今の俺の、これからの人生のために。

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