第3話『才能って、そういう意味じゃないんだけどな』

「坊ちゃま、まもなくお時間でございます」


クラリスのやわらかい声が、朝の空気に溶ける。

俺はベビーベッドの中で目を開け、今日という日が来たことを理解した。


生後三日。

この世界では、貴族の子供は“魔力判定”と呼ばれる儀式を受ける。


魔力量や属性適性、それにどんな才能を持っているのかを測定され、

その数値は一生つきまとう。


つまり――

**人生最初の「スペック評価」**というわけだ。



俺が生まれたのは、神聖ラティウム帝国の名門――ヴァルネス公爵家。

先祖代々、帝国に尽くしてきた大貴族であり、王家に次ぐ序列を持つ家系だ。


この家の嫡男であるレオンは、原作では“悪役”として描かれていた。

ただし、才能は本物。


闇と無属性の二重適性。

さらに、その適合率は“完全”という化け物じみたスペック。

強すぎるがゆえに恐れられ、誤解され、孤立して――

最後は勇者カイルに討たれることになる。


(あれは、才能が原因じゃない。扱い方の問題だ)


今回は違う。

俺は、同じ結末を繰り返さない。



ヴァルネス邸の礼拝室。

大理石の床、聖句が彫られた円形の祭壇、そしてその中心にある測定台。


神官が白衣を翻して進み出ると、俺はベビーベッドごと台座へと運ばれた。


「これより、レオン・マクシミリアン・ヴァルネス殿下の魔力測定を執り行います」


クラリスが見守る中、神官が光る水晶玉を俺の額へとかざす。


(さあ来い……!)


水晶が、ピリッとした音を立てて震え――

ぱあっと、黒と銀白の二重の光を放った。


「なっ……!? これは……!」


神官が息を呑む。

クラリスは目を見開き、すぐに手を口に当てた。


「奥様……奥様の子は、やはり……!」


涙があふれる。


「闇属性、無属性……いずれも完全適合。しかも、この魔力量……これは帝国史にも稀です!」


(やっぱり出たな、原作通りの“やりすぎスペック”)



この世界において、魔力の属性は一つ持っていれば貴族の中でも優秀とされる。

二重適性、それも完全適合となれば、もはや神童扱いだ。


闇属性は、攻撃や干渉に優れるが、忌避されやすい。

そして無属性は、身体能力の強化や感覚の鋭敏化、反応速度の向上といった肉体強化系の魔法に使われる。


便利だが、派手ではない。

属性干渉などの万能性はなく、あくまで自分自身を強化する実戦向けの能力。


(俺の得意分野は“剣”になるだろうな)


原作でも、レオンは魔法と剣術を両立していた。

この魔力構成なら、それも納得だ。


問題は、これをどう“見せる”か。



「立派な魔力でございます、レオン様……! 奥様も、天からご覧になって……!」


クラリスが涙ぐみながら言った。

俺は、まだ赤ん坊だ。何も話せないし、動けない。


でも、意識だけは大人のまま。

この状況が、どれだけ将来に影響するかもわかっている。


強すぎる力は、必ず反感を生む。

“完璧な貴族の嫡男”なんて、妬みの対象にしかならない。


けれど。


「この力は、守るために使う」


心の中で、そっと呟いた。


前世で推していたレオン。

彼が背負わされた“悪役”の運命。


それを今、俺が引き受けている。


だったら今度こそ――


俺は、この力で誰も傷つけない。

誰にも見捨てられない。


力に呑まれることなく、

ちゃんと、“人”として生きる。


この人生を、俺のものとして歩くんだ。

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