6話 偶然会ったクラスメイトはお喋り好きらしい
家から近場のスーパーまでは歩いて五分ちょい。
コンビニも近くにあるし、駅もすぐ。高校までも片道十分少々。
そんな立地の良さが俺の住むマンションの売りで、丁度今俺がありがたいと思っていた部分でもある。
見た目以上にしっかりしてそうな結衣ちゃんだが、それでも小学一年生である以上は一人で留守番させるのはちょっと怖い。
まあ、あの感じなら急にピンポン鳴っても出ないだろうし、あのマンションはオートロックだからセキュリティも万全だけど、それはそれだ。
あんまり一人でいさせて不安にさせるのも避けたい話だし。
というわけで、スーパーまで向かう足は気持ち早め。
全速力で行かないのは、さすがに暑すぎて到着までにバテそうだから。
着いたら着いたで冷房効き過ぎて寒いくらいの店内がお出迎えしてくるので、あんまり体温上げすぎると風邪引く。
「はー、あっつ」
そうこうしているうちに目当てのスーパーに到着した俺は、滲んだ汗を拭いつつ店内へ。
涼しい通り越して寒い内部で、さっさと買い物を済ませようと脳内マップ開きながらカゴを手に取る。
とりあえずパン粉から行くかなぁ。
既にここで買い物し始めて一年経つのでもう慣れたもんだ。
特に迷うこともなくちゃっちゃかパン粉があるコーナーまで歩く。
汗で濡れた服が冷えた風に乾かされるのは気持ちいいが、普通に寒いしこの後もう一回暑いところ歩かないといけないのは若干憂鬱だ。
「あったあった。よし次、牛乳」
冷蔵庫にあるひき肉の量的に、大容量のを買ったって余らせるだけなので普通サイズをカゴにぶち込む。
これで目的のものはひとまず一個ゲット。
あとは牛乳買って……他になんか足りないものあったっけな?
「えぇ、っと……」
頭の中で冷蔵庫を開け、何かないかと探してみる。
こうも暑いと、折角来たんだから必要なものは買っておきたい感がある。
ただ、そういえばつい数日前に買い物に来たばっかりだったことを思い出した。あの時に色々買い込んだ覚えが。
そんなに足りないものないかもなぁ……あっ、でもなんか前回の買い物終わった後になーんか買い忘れてた気がしなくもない。
うーん、なんだっけ?
「……とりあえず牛乳買お」
……分かってる。
こういう時大体、結局思い出せなくて家帰ってから気づくんだ。記憶の蓋が開く方がよっぽど珍しい。
まあ、思い出せないもんはしょうがない。
さっさと目的だけでも達成してしまうべきだな。
またも迷いない足取りで牛乳のもとまで向かう俺。
乳製品なんかも近場にある場所が見えてきた。
と、そこで。
「――あ、あの……高貫君、だよね?」
「ん?」
ふと声をかけられたのでそっちを見た。
女子の声だ。なんか聞いたことある気がする。
このちょっとおどおどしてて、でも綺麗な声は……確か……えっと、あの。
「あぁ、委員長か。久しぶり」
「ひ、久しぶり。珍しいね、こうやって会うの」
「そういや確かに」
買い物カゴ片手に、俺へ頼りなく手を振る少女は、俺のクラスの委員長を務めている安藤
一年の時も同じクラスで、そん時も委員長やってたから俺は委員長と呼んでいる。別に名前を覚えてないわけではない。
見た目は清楚な感じの美少女で、その容姿の通りの真面目でお上品な優等生さんだ。
ラフで涼し気な私服に身を包んだ委員長はさっきの言葉通り、高校の外でほとんど会ったことがないから新鮮だった。
一年の時に一回会ったことあるけど、あれはノーカンだろ。色々あったし。
「高貫君は……その、お買い物?」
「そう。そう言う委員長は……これから何するんだそれ?」
「あっ! こ、これは……!」
買い物カゴを覗いた俺は眉をひそめた。
だって中身、大量のお菓子だったんだもの。何というか、委員長のイメージとはちょっと離れた感じ。いや別に委員長が何食べてようが俺がとやかく言う筋合いないんだけど。
まあ、まさか俺より先にお菓子パーティーを決行するとはって感じ。
「そのチョコのお菓子美味いよね。俺も好き」
「す……! ぁ、ぇと、あの……私も、その好きで……じ、じゃなくて! 弟とのジャンケンで負けちゃって、それで買いに来ただけで! 私が食べるわけじゃないものでして!」
「へー、委員長って弟いたんだ。初めて知った」
「あっ、う……うん。中学一年生。生意気で……ちょっと困ってる」
「そうなのか」
うん、なんか想像できるな。弟に困らされてる委員長。高校でもなんかそういうキャラだし。面倒見が良いというか。
俺がうんうん頷いていると、まだお菓子の入ったカゴを見られた時の頬の赤みが抜け切らない委員長は、空いている片手で顔をあおいでいた。
たまに髪を弄ったりしてる。別に何も変なところないと思うが。
「高貫君は、何買うの?」
「今日の夕飯の材料。ハンバーグ作りたいんだけどパン粉と牛乳切らしててさ」
「そういえば、高貫君って一人暮らし……だっけ?」
「そうそう」
「いつもご飯、自分で作ってるの?」
「毎日じゃないけど。面倒な時はコンビニだし」
「偉いなぁ、私料理あんまりできないよ」
「俺が料理上手いと思ってるならそんなことないぞ? 普通だ普通」
そうなの? と首を傾げた委員長。疑われても俺の料理の腕前は変化しないぞ。
なんかこの人、たまーに俺への評価バグってるんだよな。妙にハイスペックだと思われているというか。全然そんなことないんだけどな。
兄貴と比べたら大した特技のないごく普通の一般人である。
と、あんまり立ち止まって話し続けるのもあれか。
結衣ちゃんも待ってるし、早いとこ帰らないとな。
「じゃ、また今度。次いつ会うか分からんけど」
「あっ、ちょっと待って! ……くださいませんか?」
「……無駄に丁寧だな、どした?」
「えと……えっと、あの、ちょっとでいいのでお話とか、したいなー……って。いや、あの変な意味じゃなくて! その! 折角会ったし、と……思って」
言葉を発するたびに小さくなっていく声量。
露骨に赤い顔。
それに委員長らしくない提案だ。
なんだ、風邪か? 俺たち、高校ではたまに話すくらいの仲では?
「まあ……買い物しながらでいいなら」
「あ、うん! 全然それで大丈夫! 邪魔はしないから!」
なんか焦り気味に頷く委員長。やっぱり風邪なんだろうか。いつもの面影がどこかへ行ってしまっている。
大丈夫なんかなぁ、この寒いくらいの空間で尚顔真っ赤だけど。
まあでも、足取りはしっかりしてそうだし、なんかあった時隣にいた方がいいか。
俺はそう考えながら、牛乳に手を伸ばした。
確か多めに買ってきてほしいんだったか。……多めって何本だ? いいや三本買ってしまえ。
一気に重みを増した買い物カゴを相手に片手に込める力を強めると、今度は委員長が俺のカゴを覗き込み、
「牛乳、好きなの?」
「嫌いじゃないかな」
「たくさん買うんだね。ハンバーグって、こんなに牛乳使わなかった気がするけど」
「俺が飲むわけじゃなくてさ。多分結衣ちゃんが飲む……飲むんだよな多分?」
「結衣ちゃん?」
俺がつい、今日やってきたばかりの姪っ子の名前を口にすると、途端に委員長の空気が変わったのを感じる。
あれ、なんかこれどこかで感じた覚えがある気が……あっ、佳乃さんがたまに放つやつだ。嘘だろ、あれは大体兄貴がやらかしただけのもののはずなんだが。
不穏な気配を感じながら俺は委員長に目をやると、コテンと首を傾げたまま固まる彼女の姿がそこにはあった。
何それ怖いんですけど。
「え、っと。……どなた?」
「め、姪っ子です。兄貴の子ども」
包み隠さず話すべきだと判断した俺は、委員長の問いに即座に返した。
なんか勘ぐられても嫌だし、そもそも夏休みだから大して友人にも会わないだろうと思ったから、隠していようと思ってはいたのだがこうなっては仕方がない。何が仕方ないのか分かんないけど仕方がない。
そんな俺の判断は、果たして正解だったらしい。
委員長の空気が一変した。
「姪っ子さん?」
「そう。ちょっと事情があって、今預かってるんだよ」
「……ちなみに何歳?」
「小学一年生だから、六歳か七歳?」
「そ、そうなんだ。ご、ごめんね急に変な事聞いて」
「いや、別に大丈夫だけど」
また恥ずかしそうに頬を赤らめた委員長の豹変ぶりにちょっと怖くなった。
随分イメージと違う感じだ。
「でも、高校生で一人暮らしってだけで大変だと思うけど、姪っ子さん……結衣ちゃん? も一緒ってなると、高貫君大丈夫?」
「あー、まあ何とかなると思う」
「こ、困ったことあったら、何でも言ってね!」
俺は何故か張り切る委員長に社交辞令で『ありがとう』を言っておく。
なんか、よく喋る人だったんだなぁ委員長って。
これまで見たことない一面を垣間見た気分だ。
「……あ」
「? どうかした、高貫君?」
「いや、何でもない。ちょっと思い出したことあっただけ」
……そういや米炊くの忘れてた。
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