5話 『行ってらっしゃい』って言われるとちょっと嬉しい
昼飯を食い終わってからというもの、結衣ちゃんはサブスク使って色んなドラマだったりアニメだったりを、規則性なんてないだろうと思えるくらい無作為に選び、一話見てはやめるのもあれば、二話以降も見てみるのもあった。共通しているのは、基本的に最後まで見ようとする意志はないことだろう。
本人はずっと表情変わらず。面白いと思って見てるのかも分からない、何とも言えない仏頂面だ。子供の頃からそんな顔してたら表情筋死んじゃうんじゃないかと心配だが、近くに俺がいるからってのもあるのかなと思うと余計なお世話なのかもしれない。
あと、たまに何かぽそっと呟く。俺には聞こえない小ささだけど。『つまんない』とか言ってるのかなと思ってる。
で、そうこうしているうちに時刻は五時に。
八月ということもあってまだまだ明るいものの、時計は無慈悲にも一日のだいたい四分の三が終わったことを告げていた。
夏休みはこういう虚無な日がある。というか俺の場合ほとんどそれである。
一日基本何もしない。そうするとこうなる。
ならばと夏休みの宿題とかゲームとかやるんだけど、それはそれで『俺は夏休みなのに何しているんだろう』という気分になる。
気分転換に外にも結構な頻度で出てみるが、楽しいのは帰ってきてオレンジジュース飲むまでで、その後は徐々に気分が沈んでいく。何なら暑かったんだから疲れてるし。
高校という刑務所から解放されたらされたでこれなんだら、つくづく人間ってワーカーホリックだ。
生活のどこかに忙しさがないと虚無を感じざるを得ない造りになっている。
趣味でも見つけたいのだが、生憎と熱中できるようなものがないんだよなぁ。友人と何かするのは楽しいんだけど、毎日そうするのも無理があるし。
というわけで、この虚無への対抗策を模索中だ。
虚無がやってこない方法ではなく、虚無が来た時の対処法である。
「まあ、とりあえずそろそろ飯の準備するかなぁ」
結局何かできることを探すのだが、俺が時計を見て虚無に襲われるのって大半が飯時なので、飯作るしかなかったりする。
さて、そういうわけで本日二度目となるリクエストタイムと行くか。
「結衣ちゃん、またで悪いんだけど何か食べたいものある? っていうかお腹空いてる?」
俺は聞きながら、昼の食いっぷりを思い出した。
あんな食った後動いてないんだからもしかしたら夕飯は食べられないかもしれない。
「空いてます」
「おぉ、小学生凄い」
「……千夜さんも高校生ですよね?」
それはそうなんだけど。燃費は悪い方だから俺も全然腹は減ってるんだけど。
一応聞いておかないとアレじゃん? レディだし。
変な気遣いをする俺を尻目に、結衣ちゃんはまたもや考えるような素振りを見せ、視線を右へ左へ。
何かを探しているように見えるが、視線の先には壁か天井しかない。
ぬいぐるみはぎゅっと抱かれ、ちょっと潰れていた。
「……はぁ」
そして、諦めたように一つため息を吐いた。
……うーん、一日目にしてリクエスト要求してくる俺にフラストレーションでも溜まってしまったんだろうか。だとしたら申し訳ない。でも俺が勝手に作るとだいたい野菜炒めになるぞ。どうだ、あんまりよろしくないだろ。
「…………男の子みたいって、思われたくないんですけど」
「? なんか言った?」
「いえ、何でも」
まーた小さく呟いたものだから聞き逃した。
本人が何でもないって言ってるからとりあえず置いとくけど、何を呟いたんだろうなぁ。
まあ、これで俺への悪口だったらショックだから聞かないが。
「ハンバーグ、が……いいです」
「ハンバーグねぇ……ハンバーグ、ひき肉、玉ねぎ、パン粉、牛乳……ちょっと待てよー」
俺は脳内冷蔵庫を漁り、ちょっと慌てて本物の冷蔵庫を漁る。ついでに棚も。
そして、やっぱりと頷いた。
ひき肉はある。玉ねぎもある。
が、パン粉と牛乳なし。そういえば牛乳は一昨日に飲んじゃってたな。パン粉はあんまり使う機会なかったから最近買ってなかった。
でも結衣ちゃんからの折角のリクエストだし、初日ってのもある。ここからサービスしなくするわけじゃないけど、とりあえず打ち解けたいし、応えるっきゃないか。
「悪い、パン粉と牛乳切らしてたから買ってくる」
「……ぁ、いや、材料買ってこないといけないなら別に……」
「いいよいいよ、他にも買いたいものあったし。結衣ちゃんは何か買ってきてほしいものとか……っていうか一緒に買いに行く?」
都合よく俺と結衣ちゃん、子供しかいないわけだし兄貴から金も入ってくるらしいし。普段ならできないお菓子パーティーみたいなことだってやろうと思えば全然可能だ。タイミング今じゃないかもしれないけど、こういうのは思い立ったが吉日だ。
ちょっとした悪だくみめいたことを考えつつ結衣ちゃんを見ると、少し困った顔でどこかへ視線をやっていた。
俺の体のどこかを見ているというわけでもなく、全くの別方向。
よく視線がどっか行く子だなぁ、と思いながら答えを待つ。
すると、漂わせた視線を俺に合わせ直し、
「今日は疲れたので、留守番してます」
「そう? じゃあ任せた。ピンポン鳴っても出なくていいから」
「分かりました」
「うし、そうと決まれば準備するか」
えーと、エコバッグどこやったかな。
てか財布。……部屋から出したのは覚えてるけどどこ置いたっけな。あれ? 結衣ちゃん迎えに行くときは持ってたよな俺? どこやったんだ、全然覚えてない。
「あの……」
「ん? 何?」
財布探してると、結衣ちゃんがふと声をかけてきたので振り返る。
そしたら、なんかもじもじしている結衣ちゃんがいた。
どうしたんだ一体。
「牛乳、多めに買ってきてほしいです」
「あー、オッケー。好きなんだ」
「……そんな感じです」
そうこう話しながらも捜索を続けていれば、遂に財布を発見。台所に置きっぱなしだった。
ついでにエコバッグも見つけ、これで準備は完了だ。
片方ずつポケットに突っ込み、鍵とスマホを持って玄関の方へ。
結衣ちゃんは律儀に後をついてきた。見送りしてくれるらしい。ちょっと変な感じだ。久しぶりっていうか、懐かしいっていうか。ともかく新鮮。
靴下履くのも面倒くさいので、クロックスの中に足を雑に突っ込む。
忘れ物がないか一応確認……大丈夫だな。
「じゃ、ちょっと行ってくる。三十分くらいで帰ってくると思う」
「……はい」
「えぇっと、なんか困ったことあったら……そうだな。隣の部屋、気の良いおばさんだからそっち頼ったらいいと思う」
「分かり、ました。千夜さんも、気を付けて」
「うん、留守番任せた」
ぬいぐるみ抱きながら、廊下のちょっと離れたところから見送る結衣ちゃん。
奥ゆかしいっていうか大人しいっていうか、一歩引いてるようにも感じるなぁ、と若干寂しくなりつつ。
俺は鍵を開けて外へと出ようとする。
そこで、
「――行ってらっしゃい……です」
「……あー、うん。行ってきます」
急に言われて、一瞬固まった。
なんていうか、それを言われるのは本当に新鮮だったから。兄貴はそういうこと言わないんだ。
あぁ、今俺以外に家に人がいるんだなって、改めて思ったっていうか。
変な話だけど、ちょっと嬉しかった。
少しだけ高揚する気分のまま俺は蒸し暑い八月の五時へ繰り出すのだった。
◇
バタンと閉まる扉を確認してから、私は少し張り詰めていたものが緩むのを感じた。
「……はぁ」
今日はよくため息が出る。
仕方ないことだと分かってはいるけど、普段と違うとこうも精神が削られる。
気にしないでよかったことを気にしなくてはいけないというのは、とても辛い。それがお父さんとお母さんに甘えていたのだと分かっていてもだ。
でも本当に、仕方がない。
『――ウフフフフフ』
『アハハハハハハ』
『ハンバーグ! ハンバーグ!』
『昼ドラ面白イ……』
『オ嬢チャン、可愛イネェ……オジサント遊ボウネェ』
『見エテル? ミエテル、ミエテル、ミエテル!』
『死にたい死にたイ死にタイ死ニタイ』
こんなの、ずっと見て、聞いて、ため息の一つも出ない方がおかしいんだから。
多分千夜さんは良い人だ。お父さんも悪いやつじゃないって言ってた。
だからこそ、あの人にこいつらがこれ以上危害を加えるようなことはさせてはいけない。
家に来てからずっと、ここは霊が多すぎると思っていた。
何か原因があるとは思う。けど、三十分もしないうちにそこまで特定するのは私じゃとても無理。お父さんやお母さんならできるのかもしれないけど。
私にできるのは、これだけ。
「お話、しましょう。できなければ――武力行使に出ます」
お昼ご飯たくさん食べたから、力は余ってる。
千夜さんが帰ってくるまでにお片付けする。
それが――霊感を持つ私の役目だから。
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