第10話

千夏と大学へ向かった。


いつもの講義室に、森山君以外の全ての人が集まっていた。


寺尾さんが後からやってきて、教壇に立つ。三雲さんから見せられた写真を思い出して、胸が張り裂けそうになる。


「寺尾さん、あんたは別棟にいるから知らないと思うが、森山が消えた」

 

大庭君がすぐにそう言った。寺尾さんは驚いたように大庭君を見遣る。


「消えたってどうしてですか」


「教授の件と関係があるんじゃないのか」


「きっと、この輪から抜け出せたのよ!」

 

水城さんが叫んだ。ざわめきが一気に広がる。どうして。なんで。そんな囁きが聞こえてきた。

 

話さなければ。見てきたこと、聞いてきたこと、全部。


私は立ち上がると、ゆっくりと寺尾さんに近づく。


「皆にお話があるんです。しばらくいいですか」


寺尾さんは「どうぞ」と言って、メンバーに混ざる形で椅子に座った。

 

みんなを見渡す。急に静かになった。人の前で話すことはとても苦手だったので、内心緊張しながら、口を開いた。

 

まずは三雲さんと出会ったことについて話した。それからこれまでに私が見てきたこと、三雲さんと二人で考えたことをゆっくりと説明する。


この山の神が時間を止めたこと、白尾夫婦の正体、消滅、榊原教授の消滅、古文書の話。森山君の消滅。

 

そして最後に、取り上げられた盾の話をしなければならなかった。


私たちは全員自殺をしている。


そう告げると、異常なまでの静けさが漂い始める。みんな真剣な表情で、沈黙を続けていた。


「なにそれ……なによそれ!」

 

沈黙を破ったのは奥村さんだ。


悲痛な叫び声をあげる。反対に、最上さんは冷静だった。


「私はその話を、信じましょう。自殺目的でここへ来た記憶はありません。ですが納得はできます。私の送ってきた人生を考えれば、死んでいてもおかしくなかった。硫化水素の道具を鞄に忍ばせていたのも、多分そのつもりだったのでしょう。時々、もう死んでいるんじゃないかと思うことがありました。そうですか。本当に死んでいたんですね……」 

 

最上さんは言いながら目を赤くしていた。大庭君は最上さんに向かって怒鳴る。


「あんた、こんなでたらめな話、信じられるのかよ! 大体三雲って誰だよ。俺達は見たことも会ったこともない。なんで大木さんにだけ見えるんだよ」

 

大庭君は疑いの目で私を睨みつける。


「私はもともと霊感が強かった。死んでからは、生きている人間が見えるようになったみたいなの」


「俺達は誰がなんと言おうとこうして生きているじゃないか! 死んだなんて認めない。神も霊もいるわけがないだろ。この世にそんなものはないんだ」

 

大庭君は興奮しながら私に向かって言う。


「霊なんていない。それを言ってしまうと、自分で自分の存在を否定することになる。森山君が消滅したのを実際に見たのは、大庭君自身でしょう。あなたには見えなかったのでしょうけれど、三雲さんが浄霊してくれたの。だから、この輪から抜けられて、今ここにいない」

 

私は負けずに反論した。大庭君はなおも言う。


「あんたは信じているのか。その三雲って女の話を」


「ええ。私は、彼女からこの山奥で死んでいた自分の写真を見せられたから」

 

自分の死体の写真どこまでも具体的に、事細かに話した。最上さんと寺尾さんの死体については黙っていた。また、ざわめきが広がる。


「嘘だ。口だけならなんとでも言えるだろ! 俺達を怖がらせようとしているんだ」


「大庭君、落ち着いてください。私は白尾さん夫婦の正体を知っていました。山の神は本当にいるんですよ。信じられないというのなら、このループの説明を、大木さん以上に納得できるように説明してください」


 

寺尾さんが厳しい口調で言う。大庭君はなにか言いたそうに寺尾さんに目をやってから、黙りこんでしまった。


不意に、高い笑い声が聞こえてきた。


聞き覚えのある声で、背筋がぞくりとした。メンバーが一斉に振り返る。

 

笑っているのは、楠君だった。しばらく天井を見ながら笑っていて、そしてゆっくりと立ちあがった。 


「そんな話、どうでもいいじゃないか。森山がいなくなった今、ここで天下を取れるのは僕だ。もう、どうでもいいのさ。どうでも。殺しさえできればどうでもいい」


「楠! やめて」

 

水城さんが諌めるように叫ぶ。


「仮に死んでいたのだとしても、浄霊なんてされたくないね。僕はこの輪の中にいたいのさ。何度も何度も何度も何度も繰り返せる。楽しいねぇ」

 

しばらく感じていなかった恐怖が蘇って来た。胃の奥が熱く、震えている。


「さあ、とっとと始めようじゃないか」

 

楠君は銃を天井に向けて発砲した。みんな反射的に立ちあがる。

 

なんで。なんで、楠君は森山君とまったく同じことを言っているの。

 

ふと天井を見上げた。天井には、森山君が発砲した時の痕跡さえ残っていなかった。


「大木さん。うんちくはウザい。君から死んでもらうよ」

 

楠君は一瞬のためらいもなく私に向けて発砲した。

 

避ける隙も隠れる隙も無かった。


強烈な痛みが身体中を駆け抜けていく。

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