第2話 こうして友達ができてしまったとさ

 神って言うのは存在しないらしい。

 俺がそう感じたのは何度目だったか……

 昨日学園のアイドルに友達になってください宣言をされた翌日に事件は起こった。


「なんで、休み時間のたびに来るんだ。目立って仕方がないだろうが」


 朝からずっと休み時間のたびに学園のアイドルは俺のことを訪ねてきていた。

 おかげさまで、さっきからずっと好奇の視線に晒されている。

 顔はとても綺麗な笑みを浮かべているのに目が笑ってない。

 女子って怖い。

 毎度毎度、竜胆さんはいますか? ってクラスの奴に問い掛けてるの怖すぎだろ。


「昨日、よくも逃げてくれましたね? 私、あんなに雑に扱われたのは本当に初めてのことで本当に驚きました。お返しにあなたが望んでいた平和な学園生活というのをぶち壊して差し上げようかと思いまして」


「……質が悪すぎるだろお前」


 可愛い顔してなんて性格の悪いことをしてくるんだ。確かに昨日逃げた俺も悪いがそこまでしてくるか?


「あなたがそれを言いますか? 今日こそは私と友達になってもらいます。今度逃げたらあることないことを学園の人に広めますから」


「それもう完全に脅迫だよな? そんな方法で作った友達は本当に友達って言えるのかよ」


「それを判断するのは私なのでご心配なく。それに私はあなたと結構気が合うと思っているのですけどね」


 ふふっと微笑みながらそんなことを言う学園のアイドル。

 声までは周囲の生徒に聞こえてないだろうけど、その表情を見ただけで何人かぶっ倒れていた。破壊力がありすぎでは?


「はぁ。わかった。授業終わりに行くからもう呼びに来ないでくれ。今回は逃げないから」


「わかりました。もしもまた逃げるようなことがあれば覚悟しておいてくださいね?」


 不敵な笑みを浮かべてそう言うと彼女は自分の教室に戻っていった。

 本当に面倒なことに巻き込まれていたいだ。


「おい冬夜。お前学園のアイドルと仲よさそうに喋ってたけど一体どうゆう関係なんだよ!?」


 席に戻るや否や俺は陸に問い詰められていた。

 俺だってこの関係が何なのか知りたい。

 というか、めんどくさい。マジでめんどくさい。

 この後、誰かに絡まれたりでもしたらマジでめんどくさい。


「俺が知りたい。というか噂になってる感じか?」


「まあね。朝からずっと冬夜を探してたし呼んでたしさっき話してるところも結構な人数見てたからもう広まってるよ。学園の掲示板に写真付きで……」


「……マジ?」


「大マジ。ほら見てみ」


 そう言って陸はスマホの画面を見せてくれる。

 そこには、先ほどまで俺と藤原が話していた写真が張り付けられていた。

 さっきの出来事から数分しか経ってないのにも関わらずかなりの数のコメントが飛び交っていた。


「なんか、燃えてない? めちゃくちゃ俺の悪口が飛び交ってるんだけど?」


「だな。まあ、今まで男の噂が全くなかったあの藤原さんについに男の影が出てきたんだ。噂にならないわけないしな。それに嫉妬に燃えてるやつも多いんじゃないか? 彼女人気だし」


「俺、帰り道に刺されたりしないか?」


「……今までありがとうな。お前との付き合いは二年目だけど楽しかったよ」


 陸は泣く振りをしながら俺の肩をポンポンと叩いてくる。


「待て待て。俺を殺そうとするな。早いから。まだ俺生きてるからな」


 だが、藤原の人気を考えると少しだけ現実味がある。

 恐ろしい。今日から登下校に気を使わないといけないなんて。


「ま、頑張れよな。お前が平和な学園生活を送れるように心から願っているよ」


「他人事だからって適当だな。まあ、できるだけ頑張るさ」


 とは言ったもののこれ以上あいつから逃げると何をされるかわかったもんじゃない。

 今はまだ好奇の的で済んでいるが藤原が俺の悪評を言えば、一瞬で好奇の視線から冷たい視線にグレードダウンだ。

 そうなってしまえば平和な学園生活は手に入らなくなってしまう。

 どうにかしてあいつと交渉してそういった事態を避けるかつあいつとの関りを最低限にしないといけない。


「この状況控えめに言って詰んでないか?」


 どう考えても無理だ。

 友達になってしまえば関りを最低限にするのは困難だ。

 逆に友達になるのを断ってしまえば藤原が何をしでかすかわからない。

 そうなってしまったら結果は変わらない。

 俺の望む平和な学園生活を送ることは不可能になってしまう。

 どうにか打開策を考えないといけない。

 サボっている暇ではないと思い午後の授業はずっと自分の机に座っていた。

 考え事をしていたので授業は全く聞いていない。


 ◇


「本当に逃げずに来たんですね」


「当たり前だ。俺は自ら望んで破滅したいマゾじゃないんでな」


 授業後に俺は藤原の教室に向かった。

 教室の外には荷物を持って立っている藤原がいたので素直に声をかけた。

 その様子をみた周囲の連中はすごい目で俺のことを見てくるが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 俺の今後の学園生活が懸かっているのだからな。


「ならよかったです。では行きましょうか。場所は昨日と同じでもいいですか?」


「構わない。俺に拒否権とかはないだろうしな」


 今はまず、この場を丸く収めることを第一に考えることにした。

 それを抜きにしても場所なんて目立たなければどこだっていい。

 避けるべきなのは変に目立つことだけだからな。


「そんなに酷い言い方をしなくてもいいじゃないですか。まあ、酷いことをしている自覚はあるんですけどね」


「自覚しているのならまさにその通りだ。酷いことをされれば誰だって酷い対応になるだろうが」


 酷いことをされてもなお、酷いことをしてきた人間に対して優しく接することができる人間は相当なマゾか、頭のイカれてる人間か。もしくは、聖人の類だろうと思う。


「それもそうですね。私でも酷いことをされたらあなたのような対応をするでしょうし人のことは言えませんね」


 笑っている学園のアイドルは美しいと思う。

 だが、俺はそれが欲しいとは思わない。手に入れたいとも付き合いたいとも思えない。平和な生活ができればそれだけでいいのだから。


「だろう。だからできるだけ手短に要件を頼む」


「ですから、要件は昨日もお伝えした通り私の友達になってほしいのです」


 屋上についてから俺に向き直って藤原は昨日と同じ言葉を告げた。

 昨日のように緊張などはしておらず普通にそういっていた。


「一つ聞きたい。どうしてお前は俺なんかと友達になりたいんだ? 自分で言うのもなんだが、俺は碌な人間じゃあない。真面目でもないし優しくもない。そんな奴と友達になりたいだなんて相当な物好きとしか思えないが?」


 それこそ俺よりも友達にするべき人間なんて山ほどいるだろう。

 わざわざ俺を友達に選ぶ意味が分からない。


「そうですかね。私はあなたを見て自殺を踏みとどまりましたよ? 命の恩人とお近づきになりたいというのはおかしなことですか?」


「おかしなことだな。俺はお前を助けていない。なんなら見殺しにしようとさえしていた。そんな俺が命の恩人なんて馬鹿げてるだろうが」


 俺は彼女に対して何もしていない。何もしていないのに命の恩人だなんて意味が分からない。それに、恩があるというのならぜひとも俺に静かな生活を送らせて欲しいものだ。


「馬鹿げてなんていませんよ。実際問題あなたがいたから私はこの地に立っています。ですので友達になってください」


「断る。言っただろう? 俺は平和な学園生活を送りたいだけなんだ。だからお前が俺のことを命の恩人というのなら恩返しとして俺に構わないでくれ」


 それだけでいい。関わってほしくはない。面倒なことをしたくない。

 失うくらいなら最初から何も持ちえないほうが幸せだから。

 友達なんていらない。俺はあまり人と密に関わりたくはない。


「それはできません。あなたにあるのは二択です。私と友達になるか、ならずに学園での居心地を悪くするか。どちらがいいですか?」


 にっこりと花が咲き誇るかのような満面の笑みだった。

 見る人が見ればそれだけで一目惚れををしてしまうのではないだろうかと思うほどに綺麗な笑みだったと思う。

 だが、今の俺には悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「……性格が悪いぞ?」


「自覚してます。でも、友達がいる生活というのはきっと楽しいですよ?」


「それはお前の価値観だ。俺はそう思わないからな」


「そうですか。では私があなたの価値観を変えて差し上げるので友達になってください」


 これはもう逃げ道がなかった。

 こいつが何を考えてこんなにも俺と友達になりたがっているのか本当の理由はわからないが、どうしても俺のことを逃がす気はないらしい。


「わかった。降参だ。なるよ。なればいいんだろう? お前の友達に」


 こうなったら自棄だ。どっちみち視線を集めることになるのならまだ好奇の視線に晒されたほうがマシだ。冷たい視線を向けられ虐められるような生活を送るよりは幾分かマシだろう。


「はい。よろしくお願いしますね? 竜胆君」


「はいはい。よろしくな。藤原」


 こうして俺たちは友達になった。いや、なってしまった。

 明日からどうなるかはわからないけど、確実に平和で平穏な学園生活は遠のいていった。


「では、連絡先をお聞きしてもいいでしょうか?」


「ああ。もう好きにしてくれ」


 スマホを藤原に渡して連絡先をもらう。恐らくこの学校の男子生徒で唯一彼女の連絡先を持っている男になってしまった。

 誰かに知られればどうなる事やら。

 俺はまた一つ爆弾を抱えることになってしまった。


「はい。これで連絡先の交換は終わりました。スマホお返ししますね」


 藤原からスマホを受け取り確認してみるしっかり連絡先が交換されていた。


「で、俺はもう帰ってもいいのか?」


「もちろんです。一緒に帰りましょうか!」


「……なんで?」


「せっかく友達になったんですから一緒に帰りましょうよ」


 まためんどくさそうな提案を……

 今日一日で掲示板に乗ってしまっているのに一緒に帰る所を目撃なんてされたら言い逃れができなくなる。


「……」


「そんな嫌そうな顔をしないでくださいよ。さすがに傷つきます」


「いや、だってお前……絶対俺の平和な生活送れなくなるじゃん。残り約二年間注目の的として生きないといけになんてごめんなんだが」


 人気者の恋人なんて中高生が好きそうな話題のトップに当たるだろう。

 その話題の中心に自分がいるなんて考えるだけでぞっとする。


「しょうがないですね。私と友達になってしまったんですからあきらめてください」


「なんて、言いようだ。あんなの選択肢があるようで全くない。ただの脅しじゃないか」


「それはそうですけど。気にせず行きましょう。では行きますよ~」


 藤原はそういって屋上を後にする。

 このまま屋上で待機していようかと考えたが振り返った藤原の目をみて諦めた。

 絶対に従わないといけない。本能的にそう感じてしまう目をしていた。


「お前、マジで何がしたいんだよ」


「私はあなたと仲良くなりたいだけです。目的なんてそんなもんですよ」


「もういいや。なんか疲れた」


 隣を歩く藤原は微笑を浮かべながらそういった。

 周囲には下校中の生徒が多数おり、その中にはスマホをこちら側に向けている者もいた。

 普通に盗撮なのだがそれを咎める者はこの場にはいなかった。

 絶対に帰ったら掲示板に載ってる。

 軽く絶望しながら俺は藤原と帰路に就くのだった。

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