第7話 奇数のお会計
こうして、私の学校での二日目は終わった。
その日以降、何かが変わった気がした。
図書室で白河先輩と話したからだろうか、胸の奥で小さな希望の星がともったようなそんな感覚。
そして、それから一週間後のことだった。
全校生徒に向けて、生徒会から新しい校則が発表された。
『入学式の日に回収された私物は、申請すれば三年間保管され、卒業時に返却される』
その一文を目にした瞬間、私は思わず息をのんだ。
(白河先輩……)
廊下の掲示板に貼られた校則の紙を見つめたまま、胸の奥がじんわりと熱くなる。
あの日、図書室で私が訴えたことを、彼は本当に……。
「すごい」
思わず小さく呟いた。
『君たちが、自分らしく笑えるように。僕は、生徒会長として、全力を尽くします』
入学式の時の彼の言葉が脳裏に蘇る。
彼は本気だったんだ。ただの優しさや気まぐれじゃない。
私の言葉を受け止めて、ちゃんと動いてくれた。
(嬉しい)
私はその足で職員室へ向かい、荷物の保管申請書をもらった。
名前を書きながら、少しだけ指が震える。まるで、大切な未来へと続く書類にサインしているみたいで。
その日の帰り道。いつもより空が広く、やわらかく見えた。
監視社会なんて、最初は息苦しいばかりだと思ってた。
だけど、慣れってすごい。
ルールの中でも、ちゃんと日常は続いていくし、時々こうして、誰かの優しさに救われることだってある。
私は少しずつ、この学校の暮らしに馴染んでいった。
そんなある日の放課後。
「ねえ、あかりちゃん。夕飯、一緒にファミレスで食べない?」
放課後、寮に戻る途中。海ちゃんがふわりと微笑んで、声をかけてくれた。
「学食もいいけど、たまには外で食べたくなっちゃった」
彼女の言葉に、共感した。
「わかるー! あの食堂、美味しいけど、健康に気を遣い過ぎててどこか物足りないよね。塩っ気もないし、甘さも遠慮してるし」
「ほんとそれ! 私なんて、ケーキの写真見ただけで、泣きそうになっちゃうもん」
「じゃあ、今日は贅沢しよ!」
自然と笑い合って、私たちは近くのファミレスに向かった。
店内のふかふかのソファに腰を下ろした瞬間、なんだかホッとする。
(ああ、こういう空間、すごく恋しかったんだなぁ)
メニューはどれもおいしそうだったけど、最終的にふたりとも「唐揚げ定食」と「期間限定のチョコケーキ」に落ち着いた。がっつりした唐揚げとチョコケーキを注文する。
「やっぱ、スイーツはできるだけ甘いモノがいいよねぇ」
「ね! 脳が生き返るって感じ」
食事中も、他愛もないおしゃべりは続いた。
「今日の授業、眠くなかった?」
「うん、ちょっと、坂本くんの朗読は凄かったけど、途中で記憶がとんだかも」
「小説家志望の坂本君だよね。彼って、ほんとに朗読上手だよね」
「ねー。彼って小説を書いてるでしょ。だからよく朗読するんだって、自分の小説を声に出して読んで、言葉のリズムを整えてるんだって」
「凄ーい。流石、小説の評価の星1000なだけはあるね」
そんな他愛もないおしゃべりが楽しくて、気づいたらデザートもペロリと平らげていた。
(こういう時間って、本当に宝物みたい)
しかし。
「お会計、こちらになります」
タブレットの表示を見たとき、私は違和感に首を傾げた。
(あれ? なんで、合計金額が偶数になってないの?)
海ちゃんも私も、同じ料理を注文した。なのに、合計金額が奇数。
何かが、絶対におかしい!
「海ちゃん、今日の分、私が出すね。たまには奢らせて!」
一瞬の疑問から、次の瞬間には口をついて出ていた。
私が奢ろうとした理由はひとつ。この違和感に、海ちゃんを巻き込みたくなかったから。
「えっ、いいの? ありがとう!」
嬉しそうに微笑む海ちゃんに、私は曖昧に笑い返すしかなかった。
それから、彼女と別れて、私は一人で寮へと戻った。
ポケットに手を入れたとき、レシートがカサカサと音を立てた。
何気なく取り出して、目を通したその瞬間、心臓がひゅっと冷たくなる。
「AI評価割引 3%」
印字されたその文字が、じっと私を見つめていた。
(なにこれ……)
同じものを食べたのに。どうして。
どちらかが割引された、ということは、もう一方は、定価で支払ったということ。
そして、その差を生んだのは、AIの評価。
(まさか、そんな、こんなところにまで、AIの評価って影響してくるの?)
モヤモヤが胸の奥に積もっていく。
評価が高ければ、安く食事ができる世界。
評価が低ければ、同じものでも高くつく世界。
そういうルールが、この学校には存在しているみたいだ。
(ねえ、それっていいことなの?)
頭の奥で、小さく問いかける。
気持ちを切り替えたくて、私はコンビニの明かりを目指した。
けれど、街灯の下を歩く足取りは、どこかぎこちなくて。視界の端が滲んで見えたのは、どうしてだろう?
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