第18話 決着
「飯島、近くの家から破壊音がするという証言だ。尋常じゃないくらいの音と、異様な叫び声らしい、ほぼ確定だ。全員、大平町に向かえ」
「了解」
飯島は切った無線を見つめる。
「……まったく」
飯島は眉を寄せながら、車のハンドルを切る。
ブレーキを強く踏みこんだ。
停車した車内で、飯島は服を脱ぎ始める。
◇
「おい待てっ」
西山が叫んで、トシキチイスコチトを追いかける。
「うるせぃ、この街ごと消えてなくなれ」
トシキチイスコチトがンイナーニラーに抱き着いた。
「ああ、なーにー、急にー」
「おい、口を開けろっ」
「はーい」
ンイナーニラーが戸惑いながら口を大きく開ける。
途端、開けた口に手を突っ込んだ。
「なっ? やめて、ぐがあぁ、があぁぁぁぁぁああああ」
ンイナーニラーの苦声が響く。
苦しみだすンイナーニラーの顎が外れ、血が口からあふれ出した。
「祐輔、早くぅっ」
悲痛な声でモハステチケスイマコが叫んだ。
「あれはどうやったら爆発するんだっ?」
全速力で走りながら、西山は尋ねる。
その時、トシキチイスコチトが口の中から勾玉を引き抜いた。お婆ちゃんが白目をむいて、倒れる。
「あの引き抜いた本体を、砕けば良いだけよっ」
「くそぉぉぉぉっ!」
トシキチイスコチトが笑みを浮かべる。
「さぁカルカナ族よ、もう逃げ場はなーいっ!」
叫んで、勾玉を掴んだ右手にぐっと力を入れた。
と同時に、西山は飛びかかる。
トシキチイスコチトの下の右腕を、がっしと掴んだ。
「……この野郎、邪魔するなっ……このっ、ぐぐぐぐっ」
離してなるもんかぁぁ……。
肉に食い込む西山の指に、トシキチイスコチトが強く掴めずにいた。
「ガキがッ」
トシキチイスコチトが西山の顔面に向け、残り3本の腕でパンチを放つ。
「あああっ」
瞬時に頭をすばやく下げて躱した。
危ないっ、顔が狙われるっ、この体勢では僕の方が不利だっ。
西山はトシキチイスコチトのお腹に頭をうずめた。空いている左腕を体に回してきつく抱きつく。
「離せ、この野郎!」
トシキチイスコチトが、目下の西山の背中に肘を何度も打ちおろした。
「がっ、ああっ! ぐうっ!」
衝撃と、痛みにトシキチイスコチトの腕を離しそうになるのを、西山は歯を食いしばって耐える。
離すなっ、何があってもこの手を離すなっ!
西山は強く言い聞かせた。
グググッと、掴む手にさらに力が加わる。
「ぐぃぃぃっ」
強まる力にトシキチイスコチトの顔が歪んだ。
「……うらぁ、! うらぁっ! 離せっ! 離せっ!」
トシキチイスコチトは怒鳴り、力任せに肘を打ちおろす。
「ああっ、がぁっ……」
モハステチケスイマコが苦声を発した。
トシキチイスコチトが肘で打撃を加えた場所が、西山の背中の色が黒から白く変わっていく。まだら模様になっていた。
「ぐはぁぁっ……祐輔っ、そのまま動かないでっ」
と言った途端、西山の膝の角が2本ともビュンと伸びる。
そのうち1本がトシキチイスコチトの左太ももに突き刺さった。
「ぐあああっ、こいつぅぅうう!!」
トシキチイスコチトが怒りを爆発させる。
と、3本の腕で西山の体と服を掴み、持ち上げようとした。
「うりゃああぁぁぁぁぁぁっ」
しかし、太ももに刺さった角と、西山の抱きつきと踏ん張りに持ち上げられない。
そうしている内にトシキチイスコチトの腕は、強く握られて西山の指がめり込み、血が噴き出した。
「ぐあぁっ、ああっ、離せ離せっ、離せ離せ離せぇぇえええっ!」
トシキチイスコチトが西山を離し、狂ったように何度も肘を振り下ろし始めた。
「あああっ、があっ、ぐぐっ、あああああああああっ!」
西山の背中が白く変わって、いぼを潰したみたいにプシャッと血が噴き出す。
……くそっ、右腕の感覚がなくなってきた……掴んでられないっ。
「こらっ、おらああっ離せっつってんだよ、死ねぇえええっ!」
「あああああああああっ!」
西山は叫んで、強く地面を蹴り上げる。
「ぐっ、なにする!?」
トシキチイスコチトが急に自分の体が浮いたことに、戸惑ってしまう。
「うおぉぉおおおお!」
西山はトシキチイスコチトを掴んだまま突進した。そのまま、ブロック塀に激しい音を立てて突っ込む。
「そんな位でっ、この俺がダメージを受けるとでも思ってんのか!?」
「うがあぁあああああ!」
再び突進した。庭に踊り込む。
「そりゃああぁぁぁぁぁああ」
同時に体を持ち上げた。そして地面を強く蹴りジャンプする。
そのまま地面に叩きつけた。ドンっと地響きが辺りに響く。
「ぐあああああ!」
トシキチイスコチトが声を上げた。
地面が抉れ、トシキチイスコチトの体が埋まる。衝撃でンイナーニラーを離してしまい、勾玉が地面に転がった。
「ぐあー、この野郎、なんてバカ力なんだ!」
と、トシキチイスコチトが右手を開いて閉じるを繰り返した。
「しまった!? くそっ、どこだンイナーニラー!」
叫んで辺りを見回す。
「祐輔、チャンスよっ」
モハステチケスイマコが叫んだ。
「うおぉおおおおお!」
と西山がトシキチイスコチトに馬乗りになった。瞬時に顔面を殴りつける。
「ぐはっ、どけぇえええ!」
トシキチイスコチトが暴れ出す。
左手が西山の顔に伸びた。
グチョッと音がして、西山に激痛が走る。
西山の右目にトシキチイスコチトの親指が突っ込まれ、血が噴き出した。
「うがあぁあああああ!」
西山は右腕を振り下ろして、顔に伸ばされている腕を振り払う。
「祐輔っ、目がっ大変っ」
モハステチケスイマコが声を上げた。
「がああああああ!」
西山は構わず、トシキチイスコチトの顔を殴りつけ続ける。トシキチイスコチトの鼻が潰れ、歯が砕け、血に染まった。
その中に勾玉の姿が現れる。
「ああああああっ、やられてたまるかぁああああ!」
トシキチイスコチトが叫んで、上に乗ってる西山を突き飛ばして跳ね上がった。
「なんて馬鹿力なの!?」
モハステチケスイマコが驚きの声を上げた。西山はバランスを崩して、尻もちをくいてしまう。
「祐輔、大丈夫!? 右目が!?」
「ああっ、あああ……はぁはぁ、ああっ」
西山が苦悶の表情を浮かべながら、立ち上がる。
ギっと、地面の中から立ち上がるトシキチイスコチトを左目で睨みつけた。
「ははは、そうか、顔か弱点は……その被り物で隠してる頭は人間のままだって事かい……」
トシキチイスコチトは血の流れる下の右腕を、力を入れ修復させる。破損した顔も修復していって、本体の勾玉が見えなくなった。
「……そういやそうか……何で気づけなかったんだ……今からそこしか狙わねぇから覚悟しろ……」
「……祐輔……バレたみたい……」
モハステチケスイマコが、つぶやくように言った。
「……今さら逃げれないからね……」
「わかってるよ、うるさいな」
……狙ってくる奴の攻撃を、一発でも当たったら僕は死ぬ……。
弱気になるな。もう奴を攻撃することだけ考えるんだ。防御は負けるためのマインドセットと、奴もたまには良いことを言う……。
……漢を見せろ……。
よしっ! 漢、西山祐輔! ここが気合の入れ時だっ。
「ギャハァァァァア! その頭、弾き飛ばしてやる!」
トシキチイスコチトが腕を広げ、西山に突撃する。
「殺してやらァァァァァ!」
「うおおおおおおおおおぉぉぉ!」
西山も叫んで、突撃した。
相手を破壊することしか考えていないふたりは、互いに全力で突っ込み、飛び蹴りを繰り出す。
まさしく砲弾がぶつかるように、ふたりはドンっと鈍い音を響かせ、ぶつかった。
衝撃波が周囲の家を振動させる。
ふたりの蹴りは、互いの両足裏を合わせ空中で止まった。
その中で、先に動いたのは素早く着地したトシキチイスコチトだった。
瞬時に4本の腕を振りかぶって西山の顔面目掛け、振り下ろす。
遅れて西山は右脚を強く地面に振り下ろし、前への推進力に変えた。
そして全体重を乗せた左脚を槍のように伸ばし、トシキチイスコチトの中心、鳩尾を貫く。
「ぐいいいいっ!」
トシキチイスコチトが歯を食いしばり苦声を漏らした。その体がくの字に曲がり、宙に浮く。
振り下ろした4本の拳が、西山の顔手前でピンッと肘が伸びて止まった。
「ぐああああっ……」
苦声を出しながらトシキチイスコチトは、地面に四つん這いになる。
「祐輔! 膝の角で顔面を一発で破壊するわよ!」
モハステチケスイマコが叫んだ。
「うおぉぉぉお!」
西山が倒れたトシキチイスコチトの顔目掛け、膝を立てて飛び掛かった。
トシキチイスコチトが顔を上げ、飛び掛かる西山を見つめる。
とその瞬間、西山の膝の角がギュンッと伸びた。
角はトシキチイスコチトの頭を貫いて、後頭部から先端が飛び出す。
「あ……ああ、あ……」
トシキチイスコチトが口から空気を出したとおもうと、体がバラバラになって崩れていった。
そのブロック状の肉塊の上に、砕けた勾玉がパラパラと落ちる。
「やったー、やったわよー!」
それを見たモハステチケスイマコが歓喜の声を上げた。
「ああ……ははは、やったか……」
その喜ぶ様子を見て、西山は力なく微笑む。
「うっ、くそ……痛いな」
なんか急に、右目が痛くなってきた……あとお腹も……痛い……。
西山はグッと、手で押さえる。
「あと、くらくらする……立ってられないかも……」
「大丈夫!? 早くマスターの所へ」
モハステチケスイマコの目が心配そうに、西山の頬に流れ続ける血を見つめる。
「……いや大丈夫、それよりこいつの体の一部を千代島さんの所へ持ってけば良いんだろ」
「そうね、あとンイナーニラーはどこへ行ったのかしら……」
西山は辺りを見回した。モハステチケスイマコの目も辺りを探す。
「……おい……どこにも……いないぞ……」
「元状態のままで、どこへ行ったのかなんて、1つしかないわ……」
西山が眉を寄せる。
「どこに行ったの?」
「……寄生先を探しに行ったのよ」
「なんだってっ?」
「……飯島さんに連絡をしないと、見失ったなんて……ん?」
モハステチケスイマコが空を見上げた。
「どうした?」
西山も空を見上げる。
「なんだ……あれ……」
西山の視界に、緑の羽毛で覆われた、大きな翼の生えた怪人が見えた。
「急降下してくるぞっ」
と西山が身構えた時だった。
西山の背後から、崩れたブロック塀を飛び越えて散弾銃を構えた警官ふたりが飛び込んでくる。
銃口を西山に向け、迷わず発砲した。
パンッと発砲音が響く。
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