第17話 再戦
「祐輔、防御は負けるためのマインドセットよ、攻撃攻撃!」
モハステチケスイマコが、構える西山に檄を飛ばした。
「分かってるよっ、おりゃあぁぁああああ!」
西山が突っ込む。
「うっ!?」
トシキチイスコチトのわき腹に衝撃が走る。
第1歩目でトップスピードに乗った西山の動きは想定外の速さった。
「ぐうっ」
トシキチイスコチトの顔が歪む。下の右腕の付け根に西山の足がめり込んだ。
しかしその瞬間、トシキチイスコチトは刹那の反応を見せる。
一番下の右腕の付け根に食い込む右足をガッシリ掴んだ。そして、ぐっと両足を踏ん張る。
トシキチイスコチトが、勝利の笑みを浮かべた。
「くっ」
西山が体をよじり、右足を何とか引き抜いた。
「おらぁっ、終わりだぁっ」
その隙を狙って、トシキチイスコチトは西山の顔面にパンチを放つ。
轟と風がうなった。放った拳が――空を切る。
トシキチイスコチトは愕然とした。
西山はすでに死角に入り込んでいる。そしてもう一度、右わき腹に回し蹴りを放った。
――ゴキッ。
大きな嫌な音が響く。
「あがぁぁぁぁあ!」
苦声を発して蹴り飛ばされるトシキチイスコチトは食器棚に激突した。破壊されて収納されている食器が吹き飛ばされて、音を立てて割れていく。
……手応えあったぞっ。一撃目で食い込んで、あれが手応えがあったから2撃目を同じ場所に食らわして正解だったっ。
西山は食器に埋もれて倒れているトシキチイスコチトを見て微笑む。
その眼に、台所の隅で解体された男性と女性の遺体が飛び込んできた。バラバラの遺体のあまりの光景に、サッと目を逸らす。
「やるなぁぁあ!」
トシキチイスコチトが叫んで、ガバッと起き上がった。
「多分骨3本、内臓は破裂したのに、いっぱい人を食べたから回復も早いわね」
モハステチケスイマコが睨みつける。
「バクバクバクバク食いやがって、全員の仇を打ってやる」
西山も睨みつけた。
「望むところだクソガキ、なんか前とちょっと違うぜ。なんか吹っ切れてる。良いぜ、俺と同じく戦士の目だ」
トシキチイスコチトは睨みつける西山に微笑んだ。
「行くぜぇぇぇえ!」
トシキチイスコチトが突進し、一気に距離を詰めた。
――馬鹿みたいに突進してきた。これならカウンターをやれるっ
西山は突っ込んでくるトシキチイスコチトの顔目掛けて、左足を踏み込み右拳を打ち込む。
その西山の踏み込む左脚に、鋭い足払いが飛んでくる。
がははは、引っ掛かったぜ。
笑みをこぼしてトシキチイスコチトは、ブラフの突進からスッと体を低くし、クルッと回転蹴りを放った。
「ぐああ!?」
西山は一瞬で天と地がひっくり返ったのに驚いて声を上げた。西山の体がぐるりとひっくり返る。
頭を守らないとっ。
西山は咄嗟に頭を両手で庇った。
瞬間、頭から床に落ち、激しく脳が揺さぶられる。そのまま床にドタンと倒れた。
西山は、ぼんやり回転している天井を見つめる。
――くそっ、くらくらするっ、視界も少しぼやけるっ。
でも関係ないっ、奴の攻撃が来るぞっ。
回転している天井を見つめながら、全身に力を入れる。
バッと跳ね起きた。
その西山に、トシキチイスコチトはすでに追撃の4本の腕による連打を繰り出している。
「終わりだっクソガキッ」
目の前まで迫っている拳に、西山は頭だけ守れるように、顎を引き両手で覆って、顔の前に来る両肘を絞めた。
「おりゃぁぁああああ!」
トシキチイスコチトの4本の腕による打撃は、拳の雨となって西山を襲う。
両腕に何度も衝撃が走り、揺さぶられた。
ガンガンガンッと、何度も体に衝撃が走り、痛みに顔が歪む。全身に力を入れ、足を踏ん張り、拳の豪雨を耐え忍ぶ。
両腕で頭を包みこんだ西山の姿は、ボディを攻撃してくださいと言わんばかりの体勢だった。
トシキチイスコチトは、そんな西山の体中に重い打撃を放つ。
「ぐぁっ、ああっ」
やばいっ、痛いっ、頭を守るためとはいえ、この体勢はきつすぎるっ。
頭も、衝撃が伝わって来る、ガンガンするっ。
西山は歯を食いしばった。
体に、もっと力を入れ続けるんだ、筋肉の鎧で守るんだ、少しでも緩むと内臓が、壊れるぞっ。
「守りつつも攻撃の事だけ考えるのよ、防御は負けるためのマインドセット、常にすきを窺うのよ!」
「……ぐ、ああっ」
「ああもう……体を反らして避けるのよ、で反撃しなさいっ」
モハステチケスイマコが檄を飛ばした。
うるさい! わかってるよ!
西山の体に、数のトシキチイスコチトの拳がめり込んでいく。その中で、西山は上体を前後左右に屈めてパンチを避けだした。
――そしてっ隙を見つけて、すぐさま攻撃に転じるっ。
トシキチイスコチトの大振りのパンチをバックステップして躱した。そこから飛び込みざまに蹴りを放つ。前と同じ右わき腹を狙った。
「また同じところをっ、何度も何度もぉぉおっ」
トシキチイスコチトは攻撃をやめ、咄嗟に蹴りを受け止める。が西山の重い蹴りに、受け止めた腕の骨が軋んだ。
「くそっ、なんて力だぁぁあっ」
西山は素早く受け止められた蹴り足を引くと、右脚で左わき腹を狙う。トシキチイスコチトはまた咄嗟に受け止めた。
「ぐいいいいっ」
トシキチイスコチトが歯を食いしばり苦声を漏らす。受け止めた腕の肉がたわみ、骨が軋んだ。
西山はまた素早く蹴り足を引き、別の足で蹴りを放つ。
「良いわよ、祐輔。腕よりも長い蹴り中心でいくわよ、パターンを変えて、読まれないようにね」
モハステチケスイマコが、セコンドのように助言した。
モハステチケスイマコの助言通り、西山は蹴り足を引き、またその引き足で蹴る。回し蹴りだけでなく、前蹴り、直蹴りも織り交ぜた。
トシキチイスコチトの4本の腕は全て受けに回っている。反撃しようにも距離が離れているため、攻撃に転じれずにいた。
しかし、
「見切ったァァァっ」
急にトシキチイスコチトの動きが変わる。
水平に打ち込んできた西山の蹴りを、振り上げるようにして西山の蹴り足を跳ね上げる。
「あああっ」
しまった、バランスが取れないっ。
蹴りを捌かれた西山は、大きくバランスを崩した。
「もらったぁぁっ!」
トシキチイスコチトが突っ込む。
「ああああああああっ!」
体当たりを食らった西山が錐揉みに飛ばされていった。
頭を守ら――
――激しい音を立ててブロック塀を完全に破壊し、西山の体が道路に叩きつけられる。
「くううぅぅ……」
瓦礫が散乱する中、西山は頭をガードしていた両腕を下げて、四つん這いになって起き上がった。
「早く起きて祐輔、来るわよ!」
声が響く中、西山はトシキチイスコチトに振り向く。そこには獲物を見定めた獣のごとき目が、自分に向けられていた。
トシキチイスコチトが、強く床を蹴って跳躍する。
今度はブラフではなかった。まさしく弾丸のように西山へと飛来し、西山にどう反応するかを判断する時間などなかった。
早く体制を整えないとっ。
と素早く膝を立てて振り向く西山の目に、ほぼ眼前にまで迫ったトシキチイスコチトの6つの目が映る。
「がぁぁぁぁぁあああああっ」
とトシキチイスコチトは、西山の顔を丸ごと呑み込めるくらい大きく口を開けていた。
――近いっ、避けられないっ、食われるっ。
西山は迫る危機に、身を丸めて固まってしまう。
その刹那、
「食らいなさいっ」
とモハステチケスイマコの声が響いた。
西山の膝の角が、ぐんっと伸びてトシキチイスコチトの首に突き刺さる。
ガンッと衝撃が西山の足に来た。
その衝撃は体中をめぐり、西山はハッと我に戻る。
トシキチイスコチトの顔がすぐ目の前にあった。
危機に固まってしまった体に力を入れ、西山は拳を顔に叩き込む。
「ぐあっ」」
トシキチイスコチトが殴られ後退した。
「ぐおっ、なんだっ、くそっ、何だこの野郎、伸びんのかよっ」
その首から血をドバドバ流している。
「膝の角だけよ、それも30センチだけ」
「お前、そんな事で来たのか、ああああああっ!」
トシキチイスコチトは叫ぶと、見る見るうちに傷がふさがり出血が止まった。
「この野郎、良くもやりやがったな!」
歯をむき出して西山を睨みつける。
「このガキ、絶対に殺してやる! 行くぞぉォォォ!」
と、飛び掛かろうとした、その時だった。
「おーい、何やってんのー?」
トシキチイスコチトが背後から、呑気な声で呼びかけられる。
ンイナーニラーが飛び跳ねるのをやめて、トシキチイスコチトの元へ歩いて来ていた。
「しまったわ!」
モハステチケスイマコが叫ぶ。西山もトシキチイスコチト越しに歩いてくるンイナーニラーを注視した。
「あっ、お前から来たのか。でかしたっ」
「あー、ダメだったっけー、ごめーん」
優しい笑顔でお婆ちゃんが、踵を返す。
「良いんだよ、バカ」
「あー、そーなのっ」
優しい笑顔でお婆ちゃんが、おーいと手を振って再び近寄ってきた。
「これで俺の勝ちたぜ、がはははは」
トシキチイスコチトが西山に言うと、駆け寄っていった。
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