第15話 探せ

 飯島はひとり、市内をパトロールしていた。辺りを鋭い目で、不審な影がないかずっと見回している。 


 とスマホが鳴った。


 飯島はスマホ画面を見る。西山と表示されていた。


 ……何の用だ?


「もしもし」

「もしもし、飯島さん」


 西山の声が早口だった。


「……何の用です……」


 飯島は訝しそうに尋ねる。


「あの怪人の捜査に僕も手伝わせてください」

「それより、体は大丈夫なんですか……」


 飯島はため息まじりに尋ねる。


「休んでるわけにはいきません、奴はこの街を消し去ろうとしてるんでしょ」

「君が1人追加したところで別に変りませんよ。それより探索員としてハンター含め1万人以上増員されます。全員に発砲許可が出ていますし、我々側も隣県から捜査員を送り込んでます、君はおとなしく家にいなさい」

「……」

「どうしたの祐輔? 何で黙ってるのハッキリ言ってやんなさい」


 とモハステチケスイマコの声が電話越しに聞こえてきた。


 ……何なんだ、一体……。


「……大丈夫です、飯島さん」


 強い語気で西山は言った。


「絶対邪魔にならないようにしますから、手伝わせてください。千代島さんが大変なんです、どうしても手伝いたいんです、体を一部を食べさせなきゃならないんです、ひとりでも多いほうが良いはずです、だからお願いします」


 語気を強めて早口で言い立ててくる西山に、飯島は眉を寄せる。


「……さっき千代島から聞きました……戦っていたと。モハステチケスイマコ、あなたは奴らと一緒に来ただけで、ゴンゴ族じゃないみたいですね」

「何当たり前のことを言ってるの」


 モハステチケスイマコが不愉快そうに言ってきた。


「……街全体を外出禁止にしました、各家を訪問し、しらみつぶしにいけば見つかるでしょう。奴の肉は私が必ず手に入れます、だから家に居なさい」


 淡々と飯島は言った。


「でもそれ時間かかりすぎじゃないですか、大丈夫なんですか?」

「飯島さん、奴がンイナーニラーを見つける前に見つけなきゃいけないのよ」


 西山とモハステチケスイマコが同時に言ってくるのに、飯島は少し笑ってしまう。


「……ひとつ聞きたいんですが、奴は起動させてから安全圏に逃げる術などは言っていましたか……」


 飯島は呼吸を深く吸った。


「いいえ、奴は自爆する気です」

「そうよ、ゴンゴ族はまた特攻をする気なのよ」


 飯島がおもわず急ブレーキをかける。


「……、……あああああ、くそがぁっ」


 車を停車し、声を荒げた。


「そんな……くそっ、やはりそうか、何か時限装置みたいなのを想定したが……頭がおかしい奴らめ……ここまで我々を憎むのか……」


 飯島が頭を抱える。行き場のない思いで髪をくしゃくしゃにした。


「でも幸運です、こいつのせいで一緒に来れなくて探す羽目になったそうですから。このチャンスを生かしてなんとしても奴の思惑を阻止しましょう」

「そう、私ね、奴らの間に入りこんじゃったのよ」

「……あなたのせいで?」


 飯島が眉を寄せる。そして、ゆっくり口を開いて尋ねた。


「では、ンイナーニラーを見てるという事ですね」

「そうね」


 モハステチケスイマコが、その時の事を思い出す。


「そういえば……変な奴だったわ、ぴょんぴょん上下したりして。嬉しかったんだと思ったけど、改造されてちょっとおかしくなってたのね」

「ああ、おかしな挙動をとる例も報告されています……まったく本局は何をやっている……」


 飯島はまた頭を抱えた。


「それってつまり……ンイナーニラーが寄生していている人は、ぴょんぴょん上下しているって事ですか?」


 西山が考えながら、ゆっくり言う。


「そうですね。寄生対象が動物なら飛び跳ねてると言ったほうが良いですが……」


 飯島が頭を抱かえながら言った。


「……ん? それって……」

「どうしたの祐輔?」


 モハステチケスイマコの心配そうな声が聞こえてくる。


「なるほど、事態が深刻化しましたが、それでも君の援助はいりません。もう私は忙しいので、家で避難しているよう頼みますよ」


 飯島が強く注意する。


「んん……」


 西山の苦しい声が聞こえてきた。


「苦しいのも分かりますが、我々に任せてください。それでは」


 飯島は電話を切る。


   ◇


「祐輔、飯島さんの言う事なんか聞かないわよね」


 モハステチケスイマコが言った。


「どうだったのお兄ちゃん、なんか教えてもらえた? なんかわかったの? ダメだった?」


 西山の後ろから、蘭が尋ねる。


 西山は切られた電話を片手に持ちながら、


「んん……あれ? うむむむ……」


 と、ずっと思い出そうと藻掻いて、苦しい声を出していた。


「ねぇ、どうしたのってば」


 様子のおかしい西山を、モハステチケスイマコが覗き見る。


「……ちょっと待って、なんか、前にぴょんぴょん跳ねるお婆さんの話を田中っていう友達が言ってたような」

「なんですって?」


 蘭が急な声に驚いた。事態を全く把握できず、キョロキョロし続ける。


「いや、確かに言ってた。それがンイナーニラーかどうかわからないけど、ちょっと聞いてみるか」

「もし、そのお婆ちゃんがンイナーニラーなら、奴は必ず現れるわ。行ってみる価値はありそうよ」


 西山が頷き、田中に電話を掛けた。


「……、……何で出ない……」 


 と急に西山は、蘭に振り向いた。


「おい、なんか顔を隠すもんないか。今のうちに持ってきてくれないか」

「え、隠すもの? なんで?」

「顔だけ人間のままなんだ、だから隠したい」

「ああ……えっと……」


 蘭が考え込む。


「あっ」


 と自分の部屋へと走っていった。すぐに戻って来た時、手には真っ黒い物を

を持っている。


「はい、これ。文化祭でお化け屋敷やった時の被り物」


 ハロウィン用に売り出された、鎖骨まで隠すリアルな悪魔の被り物だった。目が4個、角がちょこんと生えて、ブツブツの黒い肌に、口からは牙が出ている。


「あの体にはピッタリでしょっ」


 蘭が満面の笑みで微笑んだ。


「ピッタリって……」


 いやまぁ……ピッタリか……。


 西山は被り物を受け取ると、同時に田中が電話に出る。


「もしもし、なんだよ」


 呑気な声が聞こえてきた。


「こんな時に悪いが、お前が前に見た飛び跳ねる婆の話、聞かせてくれ」

「あ?」

「そいつをどこで見たんだ」

「なんだよ急に……あっ、お前も今回の怪人はあの婆だと思ってたんだな」


 田中が、電話先でうんうんと頷いてるのが、西山にはわかった。


「……良いからっ、早く教えてくれ」

「俺の家に来る途中に、あの3階建ての家あるだろ……鶴峯さんだっけな、その家の前の十字路だ」


 田中は嬉しそうに言う。


「……そうか……ありがとう……」

「……おい」


 田中の声が急に沈んだ。


「まさか見に行くとか言わないだろうな」

「行くわけないだろ……」


 西山は呆れたように言う。


「避難させられて暇だったから、ちょっと聞いてみただけだ」

「そりゃそうか」

「と、すまん。警察の人が来た。色々尋ねたいそうだ」

「婆の話は信じてもらえないぞ、俺のところに来た警察に言ったんだ」


 田中の声が沈み込んだ。


「ああ、わかった……じゃあな、もう切るぞ」


 西山は電話を切る。


「……飯島さんに連絡は、見つけたらで良いか……よし、行ってみよう」


 西山がモハステチケスイマコに言った。


「いつでもバッチコイよっ」


 西山は玄関扉を開ける。


「いってらっしゃい、お兄ちゃん、怪人さん」


 蘭が、西山の背中に手を振った。


「任しといてよ、蘭ちゃん」

「危険だからじっと家に居ろよ」


 西山達は振り返って言うと、道路へと飛び出して行く。

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