第14話 日曜日の昼過ぎ
「だめです、心火高校方面に向かったのを最後に見失ったみたいです」
白髪の警官から報告を聞いた飯島は、覆面パトカーに乗り込む。
「桜坂市を封鎖するように伝えた。君らは住民への自宅避難を続けてくれ。猟友会とハンター達へはこちらから連絡する」
「了解しました」
飯島がギアをリバースに入れた。
「螺良県と水治県から探索に1万人増員されます。特災課からも47人派遣されます。あなた方も怪人に気を付けて」
「了解しました」
と白髪の警官はチラチラと車の後ろを見た
飯島がバックミラーで後ろを確認する。警官達が整理しているが、まだ人混みが邪魔でバックできそうにない。
「……全く、緊急避難措置を出てるというのに、呑気な人達ですね」
白髪の警官は眉を寄せた。
「すぐに警察の指示なしに猟銃で駆除できるようになります、その事をきちんと伝えないと。出歩いていたら、うろついてる怪人と間違えられて駆除されますよ」
「すいません、ちゃんと伝えます」
警官の目がきゅっと細くなって飯島を見つめる。
だんだん車の後ろの人ごみが整理されて、道ができた。若い警官がひとり、サイドミラー越しに合図する。
飯島が車を発進させた。
その頭上で、ヘリコプターが飛んでいく。2つの一級河川に囲まれた桜坂市、その川にかかる全ての橋が封鎖されていった。
市と市とを結ぶ国道が、渋滞する車で埋まっていく。
お昼を過ぎる頃には、出歩く者もいなくなった。
◇
トシキチイスコチトは人の姿に戻り、住宅街を走る。必死にンイナーニラーを探し回っていた。
よーしっ近い近いぞ。
トシキチイスコチトは舌なめずりした。
すぐ近くだ、へへへ、すぐに起動させて粉々に破壊してや――
――その時、ンイナーニラーからの反応が無くなる。
「ああああっ、くそっ、もっと長く位置を発信しやがれっ」
トシキチイスコチトが地団駄を踏んだ。
通行人が距離を取って、目を合わせないように通り過ぎていく。
こうなったら一瞬、居場所を知らせてやればあっちから来……ああっダメだ、待機命令だもんなぁ……俺があんなに言ったから来ないだろうなぁ、ぐぬぬぬぬぬ。
トシキチイスコチトが歯ぎしりをした。
そして走り出す。
この近くだ! この近くのはずだ! 探せば良いだけだ!
鬼の形相で住宅街を走り回る。
しかし、ンイナーニラーは見つからなかった。
……。
いや、しかし一度居場所を知らせて……俺の居場所を奴らに知られたら、この世界のカラニが来るかもしれないなぁ……ぐあああああああ。
……。
……、……落ち着け落ち着け……。
トシキチイスコチトは大きく深呼吸して、落ち着きを取り戻す。
もうこの近くだ……もうすぐ近くまでは来ているっ。
ゆっくり、進んで行けば良い……次だ、次で決めてやるっ。
それまで、どこかに身を隠していよう、ついでに腹ごしらえだ、最後の晩餐としようじゃないか。
と、トシキチイスコチトは目の前の家を見る。
鶴峯と書かれた表札を見つめた。それから小さな庭に囲まれた3階建ての家を見上げる。
ここで良いか……。
家は留守だった。しかしお昼を過ぎる頃、親子3人は非難しに帰ってきたので、トシキチイスコチトに襲われてしまった。
◇
「……祐輔、ついた?」
モハステチケスイマコが尋ねた。
「うん、目の前だ」
……そろそろ良いからしら……。
モハステチケスイマコがちょっと目を開いて、周りの状況を確かめる。
その眼に、近所の主婦が3人集まって話し込んでいるのが見えた。
近所中で雨戸を閉めたりして、街中が騒ぎになっている。
「……あ、お兄ちゃんっ」
玄関先で、ハラハラとしていた蘭が叫んだ。帰ってきた西山の元へ、玄関から蘭が駆け寄る。
「もうっ、怪人が出たって言うから、お兄ちゃんかと思ったじゃないっ」
蘭は小さな声で、涙目で言った。
……ふふ、ホントにかわいい妹ね……
モハステチケスイマコが西山の服の中でクスリと笑った。
「ずっと気が気でなかったー、あー良かったーっ」
「ふーん……そうか……」
「……ん? お兄ちゃん?」
西山の覇気のない声の返事に、蘭が首をひねる。
「どうしたの、なんか元気ないね」
「別に」
「だいたい、なにその服、そんなの着て出かけたっけ?」
蘭は西山の服を眺めた。
「良いから、危険だから早く中に入ろう……」
「う、うん……」
……まぁ祐輔ったら、ずっとこれよ。きつく言ってやんないとっ。
モハステチケスイマコが左腕に出る準備をし始める。
西山はトボトボと歩き出す。蘭はずっと心配そうに西山を見つめたまま、一緒に家の中に入った。
途端、モハステチケスイマコが左手に現れる。
「もうっ、ずっとグダグダしてっ。シャキッとしなさい!」
と叱り飛ばした。
「え? ああ、うん……」
「……え? ああ、うん……じゃないのっ、まったくっ」
モハステチケスイマコは西山を睨む。
「何があったの?」
蘭がうつろな目をしている西山を、チラチラ見ながら尋ねた。
「祐輔の大切な人が死んでしまうのよ」
「おい、言うな」
西山は左手を右手で覆う。そして上がり框に腰を掛けて、靴を脱ぎ始めた。
「何が言わなくて良いよ、好きなんでしょ、千代島さん死んじゃうのよ、最期に千代島さんのためにしてやりなさいよ、ちんちんついてんでしょ」
「……お前、前々から言動に下品なとこあるぞ」
「千代島さん? 千代島さんって机の引き出しに隠してる写真の人? どうして死んじゃうの?」
蘭はしゃがみこみ、西山の服を引っ張って尋ねた。
「お前、写真の事……何で知ってるんだ……」
「千代島さんも怪人よ、で、さっき敵対してる怪人にやられちゃったの」
「ええ!?」
蘭が口を押えて驚く。
「うるさいぞ、お前っ。良い加減にしろっ」
西山が、左手にできた口を叩いた。
「キャッ」
モハステチケスイマコが小さな悲鳴を上げる。
あーん……何すんのよ、こいつっ。
「なによなによっ。じゃあもうグジグジするの、今すぐやめなさいよっ。」
「……」
「無視しないでっ」
「……」
……ムキ―ッ、なんなのこいつっ。
「……ねぇ、千代島さんがお兄ちゃんにしてほしい事って何なの?」
蘭が小さく尋ねた。
「……なんでもないよ」
「どうして? してあげてよ。私も手伝うよ」
「……良いんだ、大丈夫だから」
西山は吐き捨てるように言った。びくっと蘭は体が震えて、悲しい目になる。
「あの時と同じだね」
「……あの時?」
西山が首をひねった。
「お母さんが死んだ時……」
「……」
西山が黙り込む。
「あの時も、お兄ちゃん、お母さんが抱っこしたいって言ってるのに、かたくなに断ってたよね」
「ああ……あれとこれと、どういう関係があるんだよ」
「同じだよ、もうすぐ死んじゃうのに、どうしてお兄ちゃんは何もしてあげないの? ねぇ、お母さんの時もどうしてだったの? 死んじゃうってのに、最期だったんだよ、嫌いだったの?」
「そんなわけないじゃないか」
西山は笑って言った。
「別に、気恥ずかしかったというか……うん……それだけ……」
「何それっ、お母さん可哀そう」
「……うん、後悔してるよ……」
西山が俯く。
「お兄ちゃん……今回も後悔しない?」
西山はビクッと震えて、蘭を見つめたまま黙り込む。
「……良いか蘭、今回は千代島さんから手伝わなくて良いって断られたんだ、迷惑なんだよ」
「なにそれ、それでずっとグダグダ千代島さんの事を考えて、帰宅してっ、私は情けないったらありゃしないわっ」
モハステチケスイマコは、呆れながら叱り飛ばす。
「何が情けないんだ、千代島さんは僕の事を考えてくれたんだよ、僕は全然戦えないから……」
「関係ないわ。祐輔が千代島さんのためにしたい事をしなさい。この期に及んで死期が近づいてる女の子に気を遣われてどうするの、気を遣うのはあんたの方でしょっ」
「そうだよお兄ちゃん、怪人さんの言うとおりだよっ」
蘭が西山をじっと見つめる。
西山はまた、ビクッと震えた。
「……蘭ちゃん、祐輔はちゃんと千代島さんに聞いたのよ、何かできる事はないかって」
「う……うん……だけど……」
西山が蘭の視線から逃げて顔を逸らした。
「祐輔も馬鹿じゃないからね、今回は後悔しないようにする気よ」
「いらないことを言うんじゃないっ……戦っても、僕じゃ無理だよ」
「……」
モハステチケスイマコがじっと西山を見つめる。
「……祐輔、前に、怖いのに立ち向かっただけでもすごいって褒めてくれよって言ったわね」
「……ああ……」
「怖いのに立ち向かったのは褒めてあげる。でもそこからよ、そこから先をしなくちゃいけないの。いつかは必ず、できるようにならなくちゃならないの。そこで立ち止まるような奴になったダメよっ、ここで男を見せなさい、千代島さんのためにもっ」
また西山は黙り込む。
「……」
俯いて黙り込む西山に、誰も声を掛けなかった。
……もし、これでもまだやらないとか言うなら、もう何も言わないわ。
祐輔、私、信じてるからね。
……私もしてあげたいわ……千代島さんのために、そして祐輔のためにっ。
「……」
やがて西山が、すっくと立ち上がる。
蘭がパッと明るい顔になって、西山を見つめた。
「……そうだね、やろう。ただお前の力が必要だ。ふたりであいつを探して倒す!」
「任せなさいっ」
モハステチケスイマコが、パチクリとウィンクをする。
「頑張ってね、お兄ちゃんっ」
蘭が背中から西山にぎゅっと抱きつく。
「ああ、行ってくるよ。そして全部終わらせて必ず帰って来る」
西山が語気を強めて蘭に言った。
「うん、待ってる」
蘭は西山から離れる。そして、その背中を見守った。
「で、あいつは今どこに居るんだ。居場所は感じられるんだよな、それだけが頼りなんだぞ」
「? さぁ? 気配消してるからわからないわよ」
「……」
「……」
「……」
西山達が、玄関で立ち尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます