第6話



 ……いい匂いがする。


 鶏肉を煮込んだスープだ。

 母親がよく作ってくれた。


 その匂いに、離れた故郷を思った。

 郷愁を覚える。

 だけどまだ帰れない。

 強くなるまで帰らないと心に決めたから……。


 出来ないことの方が今はずっと多い。

 でも一つずつ進んで行けば必ず道は拓ける。

 努力は決して無にはならない。


 勇気が呼び覚まされる。



『祈りが全てを助ける』



 ……うっすらと瞳を開いた。


 ハッとして身を起こすと、後頭部の辺りが尋常じゃないくらい痛んだ。

「うっ!」

 呻いて後頭部を押さえて踞る。



「……目が覚めた?」



 側のテーブルの側に一人の青年がいた。

 緑の術衣を着ている。

 自分よりは年上のようだがまだ若い。


 気を失う前、自分を助けてくれた声だった。

 青年は歩いて来ると、後頭部の具合を見た。

「ちょっと腫れてるな……倒れる時、樹の根で打ったんだ。大丈夫?」

「あ、はい……平気です。いてて……」

「それで冷やしておくといいよ」

 青年は窓辺に用意された桶と白いタオルを指差した。

「君の鎧はそこの机、貴重品はそこの引き出しに全部入れてある。それとこれ……」

 緑の術衣から取り出した。

 銀の十字架のペンダントだ。青年の手に返す。

「鎖が切れて落ちてしまったみたいだ。直した方がいいよ」

「あ、ありがとうございます」

「この部屋の鍵。宿の主人には話をしてあるから、この部屋は使っていいそうだよ。じゃあ……具合が良くなったら挨拶しておきなね」

「はい」

「これは夕飯だって。ここに置いておくから、食べれそうだったら食べて。またあとで様子を見に来るよ」

 緑の術衣の青年はそう言うと、静かな足取りで出て行こうとした。

「あ、あの……っ」

 ぼーっとしていた黒髪の青年は、ハッとして呼び止める。

「あの、助けて下さってありがとうございました!」


 すると言われた青年は振り返って翡翠の瞳を瞬かせ、そして微かに笑ったようだった。

 

「……剣では不死者は斬れないよ。もう二度とあんなことはしないほうがいい」


 穏やかな声で告げ、青年は部屋を出て行った。



 不思議な余韻が残っている。



 手の中の銀の十字架を見た。

 鎖が切れている。

 無くならないで良かったとひどく彼はホッとした。

 ベッドからゆっくり下りた。


 小さなテーブルに置かれたスープに手を伸ばす。

 一口飲むと暖かさに安堵した。

 空腹を途端に思い出す。

 青年は席につくとスプーンで無心にスープをすくって、口に運んだ。




【終】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その翡翠き彷徨い【第48話 二つの轍】 七海ポルカ @reeeeeen13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ