第3話:奥州藤原氏の夢、儚すぎやろ!
岩手県平泉町。
緑深き中尊寺の山中。
佐藤拓海(さとう たくみ)は、
額の汗を拭った。
「俺にとっては、故郷の誇りっすね」
口癖が、自然とこぼれる。
ゼミの課題がなければ。
改めて来ることもなかっただろう。
今日の推しは、藤原秀衡。
奥州藤原氏三代目の当主だ。
中央の権力から独立し、
東北に独自の文化を築いた男。
教科書で知る以上の魅力が、
彼にはあると信じていた。
郷土史ゼミの課題。
それは、彼の真実を探る旅でもあった。
中尊寺金色堂の前に立つ。
その煌びやかさは、
東北の地に築かれた理想郷。
そう思わせる。
続いて、高舘義経堂へ。
ここが、義経最期の地。
秀衡が彼を匿った場所だ。
小さな堂の扉を開く。
ひんやりとした空気が肌を撫でた。
堂の畳に座る。
目を閉じた。
その瞬間だった。
風景が、まるで映画のように脳裏に流れ込む。
秀衡が感じた感情だけが、胸に焼きついた。
声はない。
音もない。
――そこは、華やかな平泉。
中央の都にも負けない賑わい。
金色の輝きを放つ堂宇。
秀衡は、その光景を誇らしげに見つめる。
彼の表情には、
東北を豊かにしようとする、
強い意志が宿っていた。
幻視は続く。
義経を温かく迎え入れる秀衡。
二人には、共通の夢があった。
中央の支配から離れ、
東北に平和な国を築くこと。
幻視の中の秀衡は、
義経に、希望を託す。
だが、その希望は、
儚く散ることになる。
中央からの圧力。
一族内部の対立。
幻視は、秀衡の苦悩を見せる。
理想と現実のギャップ。
未来を託した者を失った報せに、
秀衡の心は静かに崩れていった。
彼は拳を強く握り締める。
視線を落としたまま、動かない。
自らの死期を悟っていた。
だが、その無念は、
拓海の心に深く流れ込む。
拓海は軽い疲労感を覚えた。
幻視から覚めた拓海は、
しばらく畳に座ったままだった。
まるで胸の奥に錘(おもり)を置かれたようだった。
頭がずきんと痛む。
秀衡の生涯は、
教科書では語られない感情に満ちていた。
彼の夢は壮大で、
その終わりは、あまりにも悲しかった。
「俺にとっては、故郷の誇りっすけど…」
「マジで…儚すぎっすよ」
拓海の口から、小さな呟きが漏れる。
幻視の衝撃は、心に重く響いた。
中尊寺の敷地内を歩く。
郷土史ゼミのレポート用。
ぼーっとしたままスマホを取り出した。
画面に触れると……固まっていた。
画面は暗く、再起動も効かない。
「やっべ、マジかよ!」
「これじゃレポートに間に合わねぇっすよ!」
焦りが、胸に広がる。
近くにお土産物屋がある。
おばちゃんが笑いながら言う。
「お兄ちゃん、スマホは気まぐれだべさ」
おばちゃんは、拓海の困り顔を見て、
棚から南部鉄器のミニチュアを取り出した。
「よかったら、レポートに使えるかもよ」
そう言って、拓海に貸してくれる。
それは、奥州藤原氏が残した、
現代にも繋がる伝統工芸品。
精巧な作りに、思わず見入る。
おばちゃんは、温かい声で語り始めた。
「藤原氏は滅びたけれど」
「彼らが育んだ文化は、今もこの地域に息づいてるんだ」
「この鉄器も、そうさね」
故郷への深い愛情が、
その言葉から伝わってくる。
「べ、別に助けてもらったとかじゃないっすけど…」
「てか、推しの文化が今も生きてるって」
「なんか最高っすね」
拓海の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
トラブルがきっかけで、
推しが遺した文化や精神が、
現代の故郷に深く根付いている。
それを実感する。
誇らしい気持ちが、胸を満たした。
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次回予告
奥州の地で、藤原秀衡の壮大な夢と、その後の郷土の歩みに触れた拓海。歴史が現代に息づく様子に、胸が熱くなったようですね。推しが遺した文化が今も生きていることに、誇りを感じています。
次なる舞台は、平安貴族文化の中心地、京都府宇治市へ。世界遺産平等院鳳凰堂は、藤原道長の栄華を象徴する場所です。雅な世界に憧れるOLは、その華やかさの裏に何を見るのでしょうか?
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