第50話

まぁ、想像はしていたけどやっぱり身内だったか。


ローザの生い立ちだけ聞いても父親とは思えないふざけた人物だった。


まぁ、まともな話は出てこないだろう。

俺は深呼吸してなるべく気持ちをフラットに保つ。


ローザの隣に座り、余計な口を挟まずにローザの続きを待つ。


「父は……ルチアーノ・カルディナーレと言います。

 ティアーゴ兄さまの母とは、学生の頃からの恋人だったそうです。

 でも……父は、商売の援助を申し出た私の母と結婚したんです。」


ローザはそう言うと、指先を軽く組み、膝の上で震えないようぎゅっと押さえつけた。


すでに妊娠していたにもかかわらず、経済的支援の為に母と子を捨てたローザの父親。

俺も離婚しているし、人のことを言えるような父親ではないが……


「兄さまの母は、私が生まれる前に亡くなりました。

 ……兄さまが10歳のときです。貧しさと、病で。」


思った以上に重い話だった。

ローザの横顔はただ静かで、涙を見せるわけでもない。


「父は罪悪感があったのでしょうね。兄さまを家に引き取って育てました。

 ……でも、母は兄さまを快く思っていませんでした。」


ローザは視線を落としたまま、こぼすように続けた。


「私が生まれてからは……兄さまへの当たりはもっと強くなったそうです。

 でも兄さまは……そんなこと関係ないように、私を本当に可愛がってくれて……」


彼女の声が、少しだけ熱を帯びた。


しばらくしてティアーゴは軍の幼年学校へと入学する。

家を離れられることや、早くに自立する力をつけたかったとか理由は想像に難しくない。


「軍学校に進んだ兄さまは、帰省のたびに私を抱き上げて遊んでくれました。

 ……あの頃の兄さまは、本当に優しくて暖かい方でした。」


そんな兄に酷い仕打ちばかりを行うローザ母に彼女は懐かなかった。

それもティアーゴを気に入らない理由の一つとなった。


幼年学校卒業後、任官先はウィンダミアとの国境だった。

小競り合いが絶えぬ地であり、意図は想像に難くない。


それでもしぶとく生き残り栄達していくティアーゴに勝手な憎悪を募らせ、ありとあらゆる嫌がらせをしていたそうな。


それでもティアーゴは時間をつくりローザに会いに来て実の両親からは決して得られないぬくもりをローザに与え続けた。


「ディアナ、覚えていないだろうけど赤子の君は僕の手を握ってくれたんだ。 すべてを失ったと僕は思っていたけど違った。 それだけで僕は強くなれるんだよ。 そう言って手を握ってくれた温かさを今でも覚えています。」


ローザは自分の手を胸に抱き、まっすぐに俺を見つめる。


「兄さまに会えなくなった後は以前話したとおりです。 私は兄さまの力になってあげたい……」


そう言う彼女は、強い冒険者でもなく、魔眼の持ち主でもなく……


ただひとりの妹だった。


「お願いします。 力を貸してください、ミルズ。」

差し出された手を引きつけ抱きしめる。

互いの体温を感じながら俺はローザの背中をポンポンと叩く。

「任せろ。」


格好良いことを言いたかったが蛇足だ。


一度は人を裏切った身だけど……

二度の失敗はしない。


そう心に決めたのだから。



――

コントロールルームに入ってしばらく、あたりは耳を劈くようなアラーム音が鳴り響いていた。


ローザは魔導制御盤と喧嘩四つで殴り合い中だ。


それは誰にも邪魔させてはいけない。


俺は剣と盾を構えコントロールルームの扉の前に立つ。


わらわらと増殖するかのように衛兵たちが押し寄せる。

「責任取ってなんとかするんやろ?」

「黙ってローザのヘルプに行くか、その辺で寝てろ。」


俺は振り返ることもなくジルベロにそう告げた。


衛兵たちが隊列を組んでいく。

眼の前一点に狙いを定め、込められた弾丸は殺意そのもの。

鈍く光る銃口は爆ぜ吠える時を静かに待ってようだった。


「そんな豆鉄砲で魂決めた俺が抜けるとでも思ってんのか? 甘いんだよ!」


身体を駆け巡る血が熱い。

焼き付くような魔力を全身に巡らせて俺はただ一つの塊になっていく。


絶対に通さん!


張り詰めた緊張感に押し出されるように衛兵の司令官が叫ぶ。

「う、撃てぇ!」

裏返った声をかき消すように、銃口は唸りを上げ音と光を乱反射させる。

火線が迸り、耳障りな金属の悲鳴が鼓膜を震わせる。


乾いた金属音が地面を叩く音が衛兵の耳に届き始める。

最後の薬莢が転がりその場にあるのは静寂と白煙だけとなった。


灰色の霧が揺らぎながら割れていき衛兵たちの視界の先にあるものを露わにしていく。


そこには白銀の盾を赤黒く染め上げ、剣を構える男が衛兵たちを射抜くように見つめていた。


「ば、化け物め……」

誰かが漏らしたその言葉は衛兵たち全員の気持ちを余すことなく表していた。


その言葉に男はニヤリと口角を上げ、衛兵たちに剣の切っ先を向けるのだった。

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