第3話「中がヌルヌルしてるよ……」

【当日まであと8日】


薄暗い台所。

換気扇が、低い音で回る。

ブォン……。


サキが腕を肘まで

何かの中に入れた。

深々と、躊躇なく。

かき混ぜる音が響く。

ヌチャ、ヌチャ、と。

ねっとりと、粘りつく感触。


「ひんやりして……ヌルヌル……」

意味深な声が漏れた。

「気持ち悪いけど、なんかクセになる……」

その表情には、

少しの戸惑いと、

不思議な好奇心。


サキの手元が光を浴びる。

緑がかったどろりとした物体。

不定形の塊が沈んでいる。

大きく、深く、丹念に揉みこむ。

グチュ、グチュ……。

粘性の高い音が響く。

肘まで入れた腕を動かすたび、

容器の中身が波打つ。

ボチャ、ボチャ。

彼女は眉間にしわを寄せつつ、

真剣に作業を続けた。

この感触には、もう慣れた。


カメラが引くと、

サキが大きな容器に入った

ぬか床を混ぜているのがわかった。

中に沈んでいたのは、茄子やキュウリ。

ぬか床特有の感触に

少し顔をしかめながらも、

丁寧に手入れを続けていたのだ。

昔から変わらない、

台所の匂い。

フワリ、と酸っぱいような香りが漂う。

「このぬか床、あの人の“ぬか漬け初恋”だったんだもんね……」

サキはそう呟いた。

昔、あの人と初めて作った時のことを思い出す。

小さかった自分の手が、

あの人の大きな手に包まれて、

一緒に混ぜた。

優しい声と、笑顔。

あの記憶が、今の自分を動かす。

このぬか床で漬けるぬか漬けは、

常温で寝かせるのに、あと10日必要だ。

だから、今日、こうして手入れをしている。


ぬか床の蓋をそっと閉じる。

台所の隅には、採れたての新鮮な野菜。

明日には、これがぬか漬けに変わる。


あの人の大好物、完璧にしておきたいから。


---


次回予告:


「ゆっくりだからね……じゃあ、入れるよ……」

優しい声に誘われる、見えない穴。

その先に待ち受けるのは、

快感か、それとも――!?


次回、

第4話「じゃあ、入れるよ……」

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