第4話 気になるQRコード

「体調どう? 少しは良くなった?」

「ほら、もうぴょんぴょんできる! いっぱい迷惑かけてごめんね。それと、ありがとう」

「私は何もしてないよ。殆ど新がしてくれたしね」


 七月末日、バイト先のスーパーが店休日ということもあって、バイトが休みの萌花が朱里の家にやって来た。

 終業式の日にダウンしてから約十日。

 昨夜、『バイトが休みだからお見舞いに行くね』というLIMEライム(SNSアプリ)のメッセージを萌花から貰い、だったら『宿題教えて~』と元気になったことをそれとなく伝えておいたのだ。

 朱里は復活したことを伝えるために、頭の上に手でウサギの耳を模してジェスチャーし、跳ねてみせる。


「いつもの朱里だ。これね、バイト先の人気商品のアップルパイ。通常は六ピースにカットするんだけど、店長に言ってホールのまま譲って貰ったの。サクサクとろ~りしてて美味しいの。朱里が好きそうだと思って」

「わぁ! 萌花、ありがとぉぉぉ!!」


 甘いものに目がない朱里は、いつも休み時間に小袋菓子を食べている。

 いつも鞄に何かしら常備していて、お小遣いをお菓子に全部つぎ込んでるんじゃないかと萌花が心配するほどだ。


「せっかくだから一緒に食べよ? お皿とか取って来るね!」

「うん」


 朱里は軽快な足取りで一階のキッチンへと向かって行った。

 白とピンク色が基調の朱里の部屋。

 メルヘンチックな雰囲気で、刺繍が施されたレースカーテンや小花柄のベッドカバーなど、『THE・女の子』という言葉がマッチする部屋。

 少女漫画やおとぎ話のヒロインに感情移入しやすい朱里だからこその部屋のチョイスだ。


 朱里の机の上に置かれていたカードのようなものが視界に入り、萌花はそれを手に取ってみる。

 長方形の白い紙に二つのQRコードが記されていて、丁寧にラミネートされている。


「萌花、レモンティーでいい?」

「あっ、うん、何でもいいよ」


 トレイにお皿とフォークとナイフと飲み物を乗せて、朱里が部屋に戻って来た。

 朱里が箱からアップルパイを取り出すと、萌花が手際よくカットする。


「ねぇ、机の上のカードって、風船についてたやつ?」

「あ、そうそう。新のやつ、チクったな」

「フフッ。『インフルが中々治らないって心配して家に行ってみたら、ベランダから身を乗り出して落ちそうになってんだぜ!』って、電話して来たよ」

「新のことだから、どうせ萌花に話したんだろうな~とは思っていたけど」

「風船が飛ばされてくる確率なんて、奇跡に近いもん。例え、宣伝目的だったとしても、ちょっと嬉しくない?」

「それがね」

「ん?」

「何か、違うっぽいんだよね」

「どういうこと?」


 朱里はアイスレモンティーを一口飲んで、机へと向かった。

 本棚の片隅に小さい箱が置かれていて、その中から、すっかりしぼんでしまった黄色い風船の残骸と、机の上にある白いカードを手にして萌花の元に。


「この風船に書かれてる『愛寿園』の創立記念とか開園記念イベントの風船かと思ったんだけど、このQRコードを試しに読み取ったら、全然違う場所の情報が出て来たんだよね」

「え?」

「二つあるQRコードの左側のは、新宿駅構内の地図っぽいの」

「え、どういうこと? 新宿駅直結の施設か何かってこと?」

「それも違うみたい。こっちの右側のQRコードを調べたら、どうもコインロッカーのドアロックを解除するQRコードみたいなの」

「は?」


 朱里も昨日知ったばかりなのだ。

 今日が燃えるゴミの日だったこともあって、昨日ゴミ箱の中身を纏めていた時に、不意に気になってQRコードを読み取ってみたのだ。

 すると、スマホの画面に『解除しました』という表示が現れたのだ。

 そのサイト(コインロッカー会社)のヘルプ機能を開き、説明を読むと、一定時間ドアを開けないでいると、自動再施錠されると書かれていたのだ。


「これ食べ終わったら、行ってみない?」

「えぇ~っ、何かの事件に巻き込まれたりしない?」

「……それは分かんないけど」

「よくテレビのニュースで話題になるじゃない。中に赤ちゃんが入ってたとか、バラバラにされた遺体が入ってるとか」

「ドラマの観すぎだよ」

「でも……」

「じゃあ、私一人で行って来る」

「……分かったよ。私も行くよ」

「やった♪ 萌花、だいすきっ!」

「新に言ったら、絶対『止めろ』って言いそうだよ」

「言わなきゃいいんだよ」


 フンフンと鼻歌交じりで口いっぱいにアップルパイを頬張る朱里。

 萌花の心配をよそに、ちょっとしたひと夏の冒険として楽しむ気満々なのだ。

 こういう時の朱里に何を言っても聞く耳持たないのだから、どうしようもない。


「はぁぁぁああぁあぁ」

「このパイ、超美味しいね!」


 萌花が溜息を溢している横で、満面の笑顔で食べている朱里。

 危機感が薄いというか、好奇心が旺盛というか。

 慎重派の萌花は朱里にバレないようにして、テーブルの下で新にLIMEのメッセージを送っていた。

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