第45話 帝国の影

 リオンたちがゴブリンの大群との激戦を繰り広げた戦場から山ひとつ越えた場所。

 あの戦場よりもなおも多くの死体を晒すこの場所は、エクルットが一人で壊滅させたゴブリンの大巣穴。

 そこに二人の人物が訪れていた。


「これを単騎で撃滅させるとは。流石はグラント族。冬の大地に名を轟かせる番人の名は伊達ではないな」


 全身鎧に身を包んだ大男は、惨澹たる光景を前にグラントの名に感嘆を漏らした。


「はい。小隊程度の戦力を想定していましたが、まさか単騎で壊滅させられるとは思ってもいませんでした。奴らの戦力の上方修正が必要でしょう」


 大男後ろに立つ男がそれに答える。

 冷気に弱い金属鎧でも寒さひとつ感じさせない大男とは対称的に、分厚い毛皮のコートを着込んだ男は、それでも寒そうに自身の体を抱き込んでいた。


「こんなに早くの存在が露見してしまわなければ、もう少し戦力の増強が見込めたのですがね」


「群れを大きく分けたのも下策だったな」


「まさか子どもが僅か八人であれだけの数の魔物を撃退してしまうとは。こちらも予想していませんでした。正直、こちらの方が確実性が高いものと考えておりましたので」


「将来の脅威となるグラントの子どもたちを先に刈り取っておけば……そう考えていたが。上手くいかないものだな」


「申し訳ございません。閣下」


 大男──閣下と呼ばれた男の口から出る白い息が大きくなると、それを見たコートの男がすぐに謝罪する。

 プランが悉く上手くいかない様子に大男が溜め息を吐いたのが分かったからだろう。


「ですがデータは十分に取れました。あとは本国に持ち帰れば研究の更なる飛躍に繋がることでしょう」


「さすれば“冬の大地”に我らが国旗を突き立てることも夢ではない……か」


「大陸の覇権への足掛かりとなりましょう」


 転がるゴブリンの死屍累々の山を興味深げに眺める大男が徐に歩き出す。

 向かうは最奥。

 玉座に座るゴブリンの元まで行くと、大男はそれを見下ろした。

 動物の骨で飾られたその椅子には、大男の美的感覚では理解の出来ない意匠が彫られており、大男はその悪趣味さに眉を顰めた。


「これが強制的に進化を促したゴブリンの個体か……醜いな」


「投薬の影響かと」


「こんなものが帝国の未来のためになるなどと、あまり思いたくないものだな」


 大男が背中に提げた大剣を引き抜くと、玉座の中で眠りに就いた傀儡の王をその玉座ごと叩き切った。

 轟音と共に崩れる玉差から、二つに裂けた醜態が転がり落ちる。


「か、閣下!それは重要な検体!あまり損壊させると我々の実験にも───」


「ふん。戦士一人に成す術もなく自領の民を皆死させた愚王に、何かを調べるような価値なぞあるものか」


「で、ですが……」


「そんなことよりも、魔物の群れを退けたというグラントの子どもたちを調べろ。いくら番人と呼ばれる部族であっても、六百以上もの数の魔物をたった八人で返り討ちにするなど異常だ。戦力の再調査に臨め」


 コートの男の言葉を無視した上で大男は指示を出す。

 彼の中にあった疑念は尤もだ。

 たった八人の子どもだけでゴブリンの大群を撃退するなど、いくら世界最強と称されるグラント族であろうと考え難い事態。

 しかもゴブリンの殆どが目の前に転がるこの強化個体の子孫であり、僅かとはいえその肉体性能を向上させたゴブリンばかりだったにも関わらずだ。

 その上ホブゴブリンのような上位個体まで倒されているとなれば、些か不可解。

 その一言に尽きる。


「特にホブゴブリンをあのようにした子どもはすぐに見つけ出せ」


「あの真っ二つにされた個体のですね」


「あぁ、そうだ。しかも報告では剣の上からと言うではないか……面白い」


 十にも満たないような子どもが成せる所業とは到底思えず、大男はその顔に笑みを浮かばせた。

 コートの男は今日初めて見る大男の笑みに緊張を全身に走らせて、即答。

 思わず彼の背後で敬礼の姿勢を取った。


 根っからの叩き上げである大男は、その立場には似つかわしいものの、個人の武こそを尊ぶ。

 英雄志向の強い一武人を自負する大男は、時分に釣り合わないその大きな戦果を挙げた未来の英雄の姿を空想し、相対することに焦がれた。


「“冬の大地”。初めこそ面倒な仕事だと思っていたが……なに、存外面白いことばかりではないか」


 現状に於いても戦場は均衡が保たれている。

 南方からやってきた王国兵は数だけはそこそこではあるものの、精強を誇る帝国兵と比べたら差は歴然。彼我の戦力差は数の違いを差し引いても帝国側が優勢であった。

 しかし、それでもなぜ帝国が王国兵を撃滅させること叶わずにいるか。それは偏にグラント族の存在が大きい。

 一騎当千を誇るグラント族の戦士たちは、帝国兵と比べても異様な練兵の集まりだ。

 特に戦士長と目される男は帝国の超人と比べても遜色がない。

 明らかに常人の理を越えている。


 報告の少年もまた、いずれその域に足を踏み入れるかもしれない。

 そう考え、大男は自分のものが熱くなるのを感じる。

 

「完全……とはいかないか。将来に期待だな」


 ベルンハルド帝国・南方方面軍少将デリウス・ウィグ・スタラスバーグ。

 「剣将」の名で知られるその男は、“冬の大地”征圧を任じられたこの遠征地での戦いを存分に楽しんでいた。


 そして新たに誕生しうる英雄の気配に一人興奮を隠せずにいる。


 数年後、リオンはこの男と相対することとなる。

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