第31話 ヴィリムくんスヤスヤ大作戦!
頑なに休むことを拒んだヴィリムくんによって、訓練は模擬戦という形で再開された。
僕の時のようにエクルットさんは自分から攻めるという初手を選択せず、ヴィリムくんの様子を窺っている。
それは戦闘スタイルの違いを考慮したエクルットさんなりの見方だ。
攻守バランスよく長けるヴィリムくんの攻撃の手をまずは見ようとする腹積もりなのだろう。
それを理解したヴィリムくんが剣を正眼に構え、勢いよく地面を蹴った。
その瞬発力は同じ年代の子たちの中でもポランくんに次ぐ。
そして今は魔力による肉体強化も行っている。
今の彼はそこらのゴブリン程度は路傍の石にすぎないだろう。
そんなヴィリムくんの力の乗った剣が、エクルットさんの盾とかち合い、鐘のような大きな音が渓谷の中を走って行く。
僕は一応、この音に敵が寄ってこないかを警戒することにした。
「どうした!肉体を強化してもその程度か!」
「くっ……」
しかし、そんなヴィリムくんの剣を以てしても、エクルットさんの足を動かすことは敵わない、
正面から剣を受けてそれを後ろに流すこともしていない。
エクルットさん曰く、受け流しには盾を使ったものでなく、体全体を使ったものがあると言っていた。
地面へと流すらしい。
僕は彼が何を言っているのか、実際に目にしても理解ができなかった。
ただ突っ立っているようにしか見えない。
その後もヴィリムくんは果敢にエクルットさんへと剣を振るい続ける。
あらゆる角度から試し、隙を探す様子を見せるが、その顔には次第に焦りの色が強くなっていき余裕がなくなっていく。
どの攻撃も僕から見たらとても高レベルだ。
力強さや咄嗟の機転による一点突破の眼力は、ポランくんに軍配が上がるが、基礎の固さや攻撃の組み立て方は、ヴィリムくんの方が上手いように僕の目には映る。
多分、そのどれもが彼の弛まぬ努力による賜物なのだと僕は思った。
その努力できる才能が、今の彼をここまで追い込んでいる。
なんとも皮肉なことか。
僕が感傷に浸る中でも、二人の戦いは進む。
攻撃の手に疲労が見え始めて少し、エクルットさんが口を開いた。
「もう疲れたか?」
「まだです!」
ヴィリムくんは負けじと返すも、その返事は一拍遅かった。
「スタミナ不足には見えないが、走り込みがたりないのか?」
挑発に、ヴィリムくんの表情が歪み、攻撃にノイズが走る。
「はぁ、はぁ」
集中力が限界に近い。
疲労が、エクルットさんの挑発による思考の乱れを加速させる。
肉体強化もその効率を落としているのが見てわかる。
彼はもう、満身創痍だった。
「違うな。分かっているはずだ。お前に足りないのは体を休める我慢だ」
「戦える!」
大粒の汗を流しながら、それでもヴィリムくんは剣を下ろさない。
挑戦心。
そうであればどれだけ健全か。
しかし、僕の目には彼が焦りと何かに対する恐怖心を抱いているようにしか見えなかった。
いや、縋ると言っても間違いない。
クソ親父。
僕の頭に、一瞬自分の父親が思い浮かんだが、それとはまったく毛色が違う。
僕の父は冷たいが、残酷な人間じゃない。
しかし、ヴィリムくんの父は……。
「その精神は戦場に於いては何にも代え難い武器だ。だが、今はまだ早い」
遂に、エクルットさんが自ら動いた。
「───!?」
盾を軽く上に振る。
金属同士の軽い音。
たったそれだけで、ヴィリムくんの剣はその手を離れ、くるくると宙を舞う。
「本当の不屈の精神というのは、今のお前の精神状態では現れない」
剣が地面に突き刺さる。
大盾がヴィリムくんのまだ小さな体を覆う。
「それでは待つのは、自滅の一途だ。───今は寝てろ」
エクルットさんの大盾が、ヴィリムくんの頭に降る。
裏拳で小突くようにして、彼の意識を奪った。
◆
「リオン、なんだそれは」
「耳当てとアイマスクと枕です」
「……準備がいいな」
エクルットさんとの模擬戦闘によって強制的に眠らされたヴィリムくんに、僕は事前に用意していた快眠グッズを装着させていた。
「zzZ」
うん。気持ちよさそうに寝てる。
顔は殆ど見えないけど。
本当は毛布も用意してあげたかったけど、荷物が嵩張るからできなかった。
「あ?ちょ、なにす─────」
とりあえず僕はエクルットさんから上着を剥いで、彼の体に掛けてあげた。
少し汗の臭いとほんのり臭う加齢臭には目を瞑ってほしい。
多分、快眠を邪魔するほどのものではない筈だ。
臭かったらごめんね、ヴィリムくん。
「お前、失礼なこと考えてないか?」
「ひひえ」
「なら鼻摘まむのやめろ」
エクルットさんはまだ若いからこの程度で済んでいるのだと思う。
もう少ししたら酷くなってるかも。
防寒具がないために、陽の当たるところでヴィリムくんを寝かしつけているが、アイマスクがあるから大丈夫だろう。
僕は寝息を立てるヴィリムくんの横に座り込み、その穏やかな表情を眺めた。
殆ど見えないけど。
「これで満足か?」
「はい。まだ根本的な解決には至っていないですけど」
エクルットさんが僕の隣に座った。
上裸の大男が横に座ると威圧感がすごい。
これで汗だくだったら地獄だっただろう。
彼が全く本気で戦ってなくてよかった。
「お前が昨日、いきなり相談に来たときは何事かと思ったがな。こういう事だったとはな」
「突然ですみません」
昨日のあの出来事を見てすぐに、僕はエクルットさんの所に赴き、協力してほしいとお願いを申し出た。
「ヴィリムの状態は俺も気づいてたんだが、人様の家の事情に首を突っ込むのもな。それに相手はヴィクターさんだし」
どうやらエクルットさんはヴィクターさんを苦手にしているらしい。
というか、他の人も皆苦手にしているような気がする。
不甲斐なさそうなエクルットさんは言葉を続ける。
「お前が『ヴィリムくんスヤスヤ大作戦!』とか言い始めた時は気でも狂ったのかと思ったが、これを見ると正解だったみたいだな」
エクルットさんがゆっくりと眠るヴィリムくんを見て優しく微笑んだ。
この村の人たちは子どもたちに厳しい訓練を課すが、それは憎いからではない。
むしろ彼らは子どもをきちんと愛している。
それが今、改めて僕にも伝わった。
「こんなのただの対症療法です。ヴィリムくんのお父さんの教育の仕方を変えないと、問題の解決にはなりませんよ」
「それもそうだな。もしこの光景を見られたら何を言ってくるかわからないしな」
まぁ、そうならないためにここを選んだわけですから。
抜かりはないですぞ。
僕は自分の計画の完璧さに鼻の穴を広げた。
「わかったわかった。お前はよくやったよ。褒めてやる」
そう言って僕の頭をがしがしと撫でてくるエクルットさん。
少し雑だが今は受け入れるのもやぶさかではない。
「お前は優しいな」
「はい?突然なんですか?」
「いや。お前の歳で他の子の面倒を見ようと思うやつは少ない。そんな余裕はないからな。それにお前は年下だ」
確かに僕は八歳でヴィリムくんは九歳だ。
しかし、前世の年齢も合わせるとエクルットさんよりも上になる。
そんな年齢の大人が、子どものことを考えて動くのは当然のことだと僕は思う。
しかし、そんな事情など知る由もない彼にとってはそうも映らないのだろう。
だからどう返していいか、返答に窮していると、図らずも会話はそこで途切れてしまった。
適当に返して話題を繋げるべきだったか?
僕がコミュニケーションの取り方にあくせくしていると、再びエクルットさんが口を開いてくれた。
「リオン。戦いは嫌いか?」
「え」
僕は思わず言葉を失った。
思いも寄らぬ話題だった。
嫌い──などと、この村で口にすることのなんと難しいことか。
僕にとってそれは意地悪な質問だった。
そんな僕を見て、エクルットさんが苦笑いを浮かべた。
「そんな警戒すんなよ。嫌いだとしても、取って食ったりしない」
その言葉に一先ず僕の胸に安堵が下りる。
「俺もな。嫌いだったんだ。戦いが」
「エクルットさんも?……あ」
「だから心配すんなって」
僕を安心させようと、エクルットさんが僕の頭にその手を置いた。
なぜだろうか、今は妙に温かく、落ち着く手に感じられる。
「嫌いだった。いやこれも見栄だな。今も戦いは嫌いだし、魔物も人も殺すのは苦手だ」
言い難そうに、それもバツが悪そうに、エクルットさんは僕に語ってくれた。
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