暖かい冷戦
懺悔する相手は何人残っているだろうか。私も、私が命を奪おうとした相手も同じように死の淵に立っている。違うのは、彼らは恐らく強い熱風と放射能によって死の淵に立ち、私は吹き飛んだジュラルミンの破片によって死の淵に立っているということだ。
私にすべきことはもうない。祖国も、敵国も、四人のよき仲間も、もはや無いに等しいのだろう。
エンジンの重苦しい雑音をこらえながら、僅かな希望を抱いて目下にあるはずの空港を探す。それらしい地形が見当たった。
私たちが飛び立ったブレヴェスニク空港は、私が帰りつくべきブレヴェスニク空港は、既に核の炎によって焼かれた後だった。
たとえ生きて帰っても家族は誰一人生きていないだろう。それどころか、生きているのは海か空の上に運よく居合わせた人間だけだろうな。祖国にも、憎き合衆国にも、焦土が広がっているはずだ。
僅かに、少しずつ意識が遠のく。
このジュラルミンの棺桶は、私の何だろうか。私はどれだけの罪を犯しただろうか。私は宗教に明るくない。私は救いが欲しいのだろうか。
そういえば、ボリスは正教会に所属していた。日本のミサイル攻撃を受けた時、最初に死んだのが奴だ。きっともう少し息があったのなら、奴らしく強がりを言った事だろう。
地獄では随分強がりを言っているんだろうな。
ヴァシリ、デニス、イリヤは、その時はまだ慌ててるだけで生きてはいた。日本軍の戦闘機が接近してきて、機関砲弾が奴らを貫いた。
俺が運よく当たらなかったと言うほうが正しいかもしれない。みんな、愛煙家なこと以外はいい奴らだった。行きはずいぶん煙たかった。
煙は傷口に沁みただろうから少しだけ運がいい。
随分と澄んだ空気が満ちている。数時間前とは大違いだ。もしも、ユジノサハリンスク空港まで飛べたのなら、そして運よく空港が残っていたのなら、私は少しだけ長生きできる。
少しだけだろう。人類が生き残るとしても。ここで私がどう努力をしても、たかが一人の人間だ。
ジュラルミンの突き刺さった胴体の中で痛みが走る。
一人と決めるのは、いささか早計かもしれない。都市部には住んでいないから妻や子が生き残っているかもしれない。もしそうならば、私には生きる意味がある。
この体から滴る血液に意味を与えてくれ。
私が死んだとしても、私を知る者にそれを伝えなければ、死にきれない。そして、私は私の仲間の死も背負っているのだ。
この大地と、海原と、大空、息絶えるならば、せめて大地の上がいい。人生の最後を孤独な空の上で終えることなどあってはならない。
不時着でもいいから、祖国に帰らなければ。祖国に帰さなければ。
祖国の大地を踏むのだ。シベリアに落ちてもいい。大陸が見えるとこまでこの痛みと眠気を耐えればそれでいいのだ。
耐え難い。
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