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オレはタクシーの中でパソコンを広げて、もしもの時のために作ってたプログラムを起動した。
施設で作ったプログラムの数倍複雑にしてあるけど、基本は一緒。オレのIPアドレスを誤魔化し、ありとあらゆる国を経由してインターネットに接続するようにしてあるプログラムや。追加したのはオレが持ってる端末全ての位置情報でバレる可能性があるから、パソコンからジャミングの電波を流す事。
ランボルギーニに殴られたくないから、俺が追加した機能やけど、まさかジェームス相手に使う事になるとは思ってなかった。
なんか、オレが調べた限りやけど、どうもオレのGPS情報って、端末だけやないっぽいんやもん。開発課のおっちゃんらがきっと、そんなに簡単には見つからんような端末を作ったんやと思うねん。オレの体自体に、どうやって埋め込んだんかは分からんけど、ランボルギーニやったら、なんだってやりかねん。
痛いのは嫌やから、スタンガンでぶっ壊そうとか思った事はないけど。そもそもそれだけで潰すとしたら、一体何秒の電流で壊れるか分からへんやん。
ただのジャミングじゃ、面白くないからって、暇な時に追加したランダムな駅に向かって歩いて電車に乗ったふうな動きする機能も追加したんよね。テストした事ないから、ちゃんと機能してるかはこれからやないと分からへんけど。
パソコンを抱えて、オレはまだ震えてる自分の手を握った。深呼吸するけど、落ち着かへん。
運転手のおっちゃんはかなり怪しんでたけど、オレがお願いした通りに大阪駅を通って、一回鶴橋の駅の方を経由して天王寺まで向かってくれてる。
自分の端末のマップには、偽装の分とは別の本当の位置情報も表示されてる。それによると、今は玉造の辺りにいてるらしい。
何回も鳴るiPhoneが怖い。
きっとジェームス、怒ってる。
でも聞きたくなかってん。
信じてへんわけちゃうけど、いくらなんでも血の繋がってないただのお荷物が、何億もの値段で売れるんやで? 売ったっておかしくないやん。
あの人が誰なんか、ホンマに分からんけど、母親なんやったら会いたくなかった。オレを施設に捨てて、それっきりなんやもん。
オレは自分の本当の誕生日も、本当の名前も誰の子なんかも知らんねん。
先生の話じゃ、門の前に捨てられてたらしい。白いシーツにくるまれて、ぽいって置いてったんやって。へその緒もついたままやったから、拾われた日がオレの誕生日やった。
そんな人が、今更オレを返せなんて、下心丸見えやん。オレの技術目当てって。
オレは売られたくない。
ジェームスとヴィヴィアンの家の子でいたいだけ。
二人がそんな半端な覚悟で、オレを拾ってくれたんやとは思ってへん。だって、新婚やのに、オレも一緒に住めるようにしてくれて、ホンマの家族みたいになんでもしてくれたんやもん。会社かて辞めていいって言ってくれた。好きにしていいって、言ってくれた。
学校、行けたんかて、ジェームスがこっそり手配してくれたからや。普通の手続きなんかじゃなかった筈やのに。
でも、やっぱりオレって邪魔やと思うねん。
結婚したばっかりやっていうのに、二人してなんか熟年夫婦みたいになってるし。それに、二人はいらんって言ってるけど、絶対子どもだって欲しい筈やん。オレがいるからなんて絶対、嘘や。
別に居心地が悪かった訳でもないのに、ルノとルームシェアしようって思ったのは二人に二人っきりの時間を作ってあげたかったからやもん。
でもそれを話した時の、ジェームスとヴィヴィアンの悲しそうな顔、いくら工作員でも演技で出来るもんやなかった。ホンマに寂しいって、そう言ってくれた。
オレ、すっごい嬉しかってんで。
だから聞きたくなくて、逃げた。
きっとみんな探してる。
でもそれはランボルギーニと同じように、おらんと困るからちゃうんかって、思うんよ。だって、オレ技術以外になんもないやん。あんなに美味しいご飯を作れるルノの方がよっぽどいろんなもん持ってるやん。
フランス語と日本語喋れて、ハンサムなんやで? その上カリスマ美容師みたいな事も出来るし、パソコンも使える。フランスでは親友が帰ってくるのを待ってくれてる。
けど、オレの事、ホンマに必要な人なんていてへんやん。オレの代わりなんていっぱいいてる。コンドルにだってクラック出来るし、支部にはマッキノンみたいに優秀なハッカーがいっぱいいる。
オレには家族も、名前も誕生日も、居場所もない。存在すらもせぇへん。
オレって何なん?
戸籍上は谷口暖。名前を貰った十二月十日が誕生日って事になってる。それ以前の記録は改ざんされて、山田暖の名前で施設の出身って事にされてるけど、それすら、嘘なんやもん。
ダンテになる前は、確かに山田やった。施設の院長先生の苗字を貰ったから。
名前は先生がつけてくれた。寒そうにしてたから、煖って。山田煖の誕生日は施設に見つけられた三月五日。ランボルギーニと取引した日に死んだ。
もう分かれへんやん。
オレって誰なん? ダンテじゃないオレは何なん? 技術だけ一丁前な、存在しない筈の人間。死んでるのに生きてるなんて、オレはTウィルスに感染したゾンビか何か? いっそタイラントさんくらいのクリーチャーのが幸せやったわ。
必死で泣かんようにはを食いしばって、窓の外を眺めた。タクシーはちょうど鶴橋を過ぎた。
パソコンのメールに、通知が来た。
ジェームスのメールアドレスやったから、件名まで表示されてる。『どこにいる』って。
返信したって、ジェームスは多分メール返されへんから電話がかかってくるやろうし、無視した。その間もずっとiPhoneが震えてた。
コリアンタウン独特の雰囲気のある鶴橋の商店街を眺めてたら、後ろの白い車が目に入った。梅田からずっといてる。
俺は運転手さんに声をかけた。
「すみません、コンビニに寄ってもらってもいいですか?」
「いいですよ、ローソンでいいですか?」
運転手さんは親切に路肩にタクシーを寄せる。オレはすぐに戻りますって伝えると、パソコンをそこに置いたまま、降りた。
真っ直ぐローソンに入ると、紅茶と緑茶のペットボトルを現金で買った。カードもポイントカードも出さんかったんは、そっから足がつく可能性がある事を知ってるから。その点、現金は安全や。データには金額しか残らへんもん。
そのまま、オレは外を見る。少し離れた所にあの車が止まってるのが見える。知ってる車やないから、支部の誰かとは違う。
俺は車に戻ると、運転手さんに言った。
「上本町の方に寄ってもらってもいいですか?」
「いいですよ。どうしたんですか?」
「前の車につけられてるっぽくて」
「あれ、梅田からずっとべったりですよね。頑張ってまいてみますね」
「ありがとうございます、よかったらどうぞ」
俺は緑茶を運転手さんに渡すと、紅茶のキャップをひねった。無糖の紅茶はやっぱり美味しい。砂糖入りの紅茶って、へたなジュースより甘いと思うんやけど、これって俺だけ?
運転手のおっちゃんはニコニコしながら、一方通行の裏道に入った。当然、前にいてる車は簡単に入ってこられへんから、これなら簡単には追ってこれん。
オレはふと震えてるiPhoneを見た。
ルノとジェームスの着信履歴で画面が埋まってる。ジェームス、何回かけてんねん。ちょっと面白い。笑えんけど。
オレはiPhoneのロックを外すと、機内モードにした。これでwifi以外の通信機能は動かんくなる。
だってこれ以上電話が鳴ったら、窓から投げてまいそうなんやもん。昨日同期したし、消えて困るデータなんてないし。
ルノ、心配してくれてるんかな?
ぼんやりしながら、オレは紅茶のキャップをしめた。タクシーは地元の人しか分からんような裏道を抜けて、大通りに出た。窓から見る限り、白い車はもういてへんかった。
オレはパソコンを覗き込んだ。
ジェームスはまだ梅田にいてる。ジェームスの時代遅れな携帯電話の信号は梅田の大通りを走ってるところや。ルノは家に行ったみたい。ヴィヴィアンがジェームスと一緒にいるのを見てたら、少し寂しくなった。
どこに行こう。何をしよう。
今はただ、広いところで一人になりたい。一人で思いっきり泣きたい。通天閣でビリケンさんの足を撫でたら、少しはオレも幸せになれるんかな?
近鉄上本町の駅を過ぎて、タクシーは天王寺の方向に曲がった。窓から通天閣は見えへんかったけど、上本町の駅は大きいなって思った。きっと関空に行くバスが出てるからや。豪華なホテルが見える。
梅田とは全然違う。
やっぱり、こっちの方は高層ビルも少ないし、人も梅田みたいに多くない。平日の昼やもん。いてる方がおかしいか。
だんだん景色がお寺ばっかりになってきた。
ここがどこなんか、もうオレには分からんかった。
紅茶を飲みながら、オレはパソコンを眺める。画面にはルノの位置情報が御堂筋に出ていた。どこに向かってるんやろ? ジェームスとヴィヴィアンも御堂筋に入った。
見てたら気になるから、オレはパソコンを少し閉じた。完全に閉じたらスリープモードに入って、ジャミングが切れるかもしれへんから。そこまでテストしてへん。使う予定なかったプログラムやし。
こんなふうになんの液晶も見てへん時間なんて、久しぶりな気がする。いつも何かと見てるから。ブルーライトカットの眼鏡が、三千円の価値以上に仕事してると思う。
なんとなく、オレはリュックから黒の眼鏡入れを出して眼鏡を外して、そこになおした。変装とかするつもりはないけど、何かと入ってるもんや。ジェームスに貰ったオーストラリアのロゴが入ったキャップと、薄手の赤いパーカーまで入ってる。
なんでオレ、使った事もないファンデーションまで持ってるんやろ。ヴィヴィアンに貰ったやつやん。色が合わへんからって。
オレはパーカーを羽織ると、キャップをリュックにつけた。降りたらかぶろ。
ぱっと顔を上げたら、通天閣が見えた。
少し遠くに見えるのがもうすぐ完成するっていうあべのハルカスやと思う。って事はあの辺が天王寺の駅の筈。
辺りを見回したけど、あの車は見当たらんかった。誰か知らんけど、大丈夫そうや。
俺はリュックを背負うと財布を出した。セールで五百円やったチェーンのついた黒いフェイクレザーの長財布や。安かった割に、しっかりしてるし、使い勝手がいいからお気に入りやねん。
タクシーはハルカスの下で止まった。オレはおっちゃんにお礼を言うと、お金を払った。
最近、自分が凄いお金持ちに感じるから、気をつけてはいるんやで。だって今まで財布なんて持ってへんかったし。無給やけど、いつも支部におったからお金なんかいらんかってんもん。
ヴィヴィアンと一緒に銀行に口座を作りに行ったら、毎月凄い金額が振り込まれてて、どんどん増えてくんやで? 怖いわ、オレ。
とはいえあんまり出掛けたり、物を買ったりする訳やない。最近買ったのって、多分パソコンやと思う。それでもそんなにハイスペックの端末を買ったんちゃうし、貯金が増える一方やで。
来た事なかったけど、天王寺もやっぱり人が多くて騒がしい。梅田みたい。でも独特の雰囲気があって、ちょっと違う。
ごみごみしてる。
オレはキャップをかぶると、ゆっくりパソコンを持って天王寺動物園って書いてる方向に歩いた。歩道橋を登ったら、いろんなものが見えて楽しい。忙しそうに過ぎてく車とか、路面電車とか。大きなショッピングモールとかがいっぱいあって、どこも人が歩いてる。
オレは大きな道路の上で立ち止まると、パソコンを半開きのままリュックに押し込んで、のんびりそこから辺りを見下ろした。
近そうに見えて、割と距離のありそうな通天閣も見える。作りかけのハルカスから、ゴトンゴトンって工事の音が聞こえて、いろんな国の言葉が混じってくる。日本語のが少ないなんて、流石大阪って感じがした。
前の方からいい匂いがするから、オレは辺りを見回した。歩道橋の下にテレビでしか見た事のない、551がある。豚まん、一回食べてみたかってんけど、あれは臭いからってジェームスもヴィヴィアンも買ってきてくれへんかってん。
オレはとりあえずJRの駅に向かって階段を下りた。割とすいてたから、オレは豚まんを一つ買って、ゆっくり食べながら、道沿いを歩いた。臭くないんやけどなぁ。そんなに匂うんやろか。ヴィヴィアンにテロレベルやって言われたけどなぁ。
大きい道路を挟んで向こうに動物園の看板が見えた。
ホカホカの豚まんは美味しい。肉汁凄いし、ふわふわや。しゅうまいも買えばよかったなぁってちょっと後悔しながら、オレは歩いた。
そう言えば美術館があるんやっけ? 動物園な気分ちゃうし、オレはそっちにしようとゆっくり歩いた。思った以上に坂道でびっくりしたけど。
のんびり歩いて、オレは美術館の前の石段に座った。普段動かんから、息が切れてしんどい。日が暮れてきて、空は赤い。直射日光で眩しいけど、たまにはこんなのもいいななんて、オレはぼんやり考えていた。
ちょっとだけ残った豚まんを食べきると、腕時計を見た。いつの間にか六時前や。美術館の扉が目の前で閉められて、ちょっとショックやった。
とりあえず、通天閣まで歩こうと、オレは立ち上がった。動物園がちらっと見える。人もまばら。でも広い動物園や。
オレはゆっくりゆっくり歩いた。
ルノの好きそうな怪しい裏路地を抜けていくと、左にスパワールドが見えた。行った事ないけど、行ってみたいな。でもヴィヴィアンはタトゥーがあるから行かれへんって言ってたっけ?
右を見たら、通天閣が見えた。真っ直ぐ真下まで続いてる道に出た。どこもにぎやかで、外国人がいっぱいいてる。
オレはあちこち見ながら、通りを歩いた。
居酒屋とか、立ち飲み屋さんがいっぱいある。串カツ屋さんも、お寿司屋さんもある。
さっき豚まん食べたばっかりやのに、入りたくなる。きっとどこもいい匂いやからや。
お土産物屋さんにはやっぱりビリケンさんがおった。
通天閣を見上げながら、オレはiPhoneを出して、写真を撮った。あんまり写真撮らへんから、上手に入らへんなぁって考えながら、オレはその場からしゃがんでなんとか通天閣を撮った。
うん、そんなに悪くないかも。
「おいコラ、電話に出ろよバカ」
急にそう言われて、オレは顔を上げた。
ジェームスが見た事ないくらい、カンカンに怒ってて、ヴィヴィアンに羽交い絞めにされてるのが怖かった。
オレはしりもちをついて、iPhoneを落っことした。耐圧のケースに入れてるけど、割と音がした。
よく見たら、ルノとゆりちゃんも一緒やった。二人はオレより、ジェームスを茫然と眺めてたけど。
オレはジェームスの顔を見て、ごめんなさいととりあえず謝った。もうなんか、何しても殺されそうや。別に生きたい訳でも死にたい訳でもないけど。
ヴィヴィアンが言うた。
「ダーリン、一回落ち着こか」
「黙ってろ」
ああ、もう終わったな。オレの人生。
アスファルトの地面を眺めてたら、今度は胸倉を掴まれて、思いっきり引っ張られた。振り払われたヴィヴィアンが、頭を抱えてるのが見えた。
ジェームスがコーヒーの匂いのする息をはいた。髪の毛が顔に当たるくらい、顔を近づけてくる。
顔が近いです。そんな事、言える状態じゃなかったけど。
「どれだけ心配したと思ってるんだ、お前はバカか? バカだろ、絶対バカだ」
バカです。ごめんなさい。
それしか出てけぇへんかってんけど、言う前に、思いっきり引っぱたかれた。左の頬がジンジンする。正直めっちゃ痛かってんけど、そんな事よりジェームスが泣きそうな顔をしてて、びっくりした。
「お前はスティーブ・マックイーンか? それともウェントワース・ミラーか? どっちにしろ見つかったけどな、この間抜け」
そう言いながら、ジェームスがぎゅっと抱きしめてくれた。大きな肩があったかい。懐かしい香水の匂いがする。
「お前は本当に手のかかる、うちのバカ息子だよ」
ジェームスの言葉が嬉しかった。
オレはホンマに大バカや。
ジェームスがオレを売っぱらったりする筈ないのに逃げて。なんとなく、追われたくないからって、ジャミングかけて行方くらまして、ジェームスとヴィヴィアンにめっちゃ心配かけて、ホンマにアホや。
ランボルギーニに嫌がらせされた時みたいに、オレはジェームスの肩にぎゅっとしがみついた。
「ごめんなさい」
かすれた声で謝ったら、ジェームスが頭を撫でてくれた。目を閉じて、その優しい肩にくっついた。あったかい体温に、ホンマにめっちゃ安心した。気付いたら、涙が出て止まらんくって、ひっくひっく言いながらオレは泣いた。
「ミトニック、支部のみんなに連絡を」
「了解」
ジェームスはコンドルに指示を出すと、オレの腕を引っ張って立たせる。オレはiPhoneを拾い、ポケットに入れると、地面に手をついて立ち上がった。
「ルノとゆりちゃんも協力ありがとう。このバカはどうにかするから帰っていいよ」
「支部長はどうやって帰るん?」
「そういやバイクすっ飛ばしてきたんだっけ。やっぱり一緒に戻る」
ヴィヴィアンが急に言った。
「え、じゃあバイクは?」
「ヴィヴィアンが乗って帰ればいいだろ?」
「何その嫌がらせ。ダーリン酷くない?」
コンドルが噴き出した。
「じゃあオレがバイクで帰りますよ」
ヴィヴィアンが困った顔でコンドルを見た。
「あれ、大型なんやけど、免許持ってる?」
「え? 大型?」
「うちの私物のハーレーなんやけど」
「それは無理です」
ルノが勢いよく手を上げた。
「俺、乗れるで」
「ルノ、免許持ってへんやろ?」
「いらんやろ?」
「いるの! そもそも運転荒そうなルノに任せとぅない」
ジェームスが呟いた。
「ヴィヴィアン、人の事言えないだろ? お前、昔ホンダの大型お釈迦にしたよな」
ルノとゆりちゃんが噴き出した。コンドルは腹を抱えて笑っとった。
「あれは事故や」
「嘘言え、開発部のおっちゃんに廃車ですって言われたくせに、無傷で帰ってきただろ」
「うちはこけるのが上手なんや」
「こけたくらいで廃車になる筈ないだろ? どんな乗り方したらそうなるんだ」
「会社のバンを廃車にした、ダーリンにだけは言われとぅない」
「あれこそ事故だ。どっかの誰かさんにタイヤを撃たれて、こっちは肋骨二本も折られたんですけど?」
ミトニックが笑った。
「どっちもどっちっす」
「ちょっと待て、ミトニック。それだけは
認めん」
「何それ、ダーリン酷い」
「ヴィヴィアンとだけは一緒にするな」
オレも気付いたら笑ってて、二人の手を握った。
「ジェームス、諦めよ。無理やで」
「無理と思ったらおしまいだろ? 無理じゃない」
ジェームスはむっとした顔でこっちを見た。
オレはその手を握って、答えた。
「ジェームスもまあまあクレイジーやもん。しゃーないで」
凄いショックを受けたような顔をするジェームスの手を引っ張って、オレはヴィヴィアンを見た。
「ジェームスもよく無茶するやんなぁ?」
「よぅ言うたダンテ、ダーリン分かった?」
なんか気の毒なジェームスのちょっとひんやりした手が握り返してくれる。それが嬉しかった。
「そーですか。それは本当についてないな」
諦めたように呟くジェームスが、オレはやっぱり大好きやって思った。
車を回してくれてるコンドルを待ちながら、オレはパソコンを広げて、プログラムを停止した。興味津々のルノとゆりちゃんにプログラムの仕様を話してたら、ジェームスとヴィヴィアンはいつもとおんなじ口喧嘩を始めた。
大抵ヴィヴィアンが悪い。
二人のサポートしてた頃からやから、よぅ知ってる。大体喧嘩の理由はヴィヴィアンがルノみたいな危ない事をしでかした事やもん。それを注意されて、喧嘩になる。で、基本はジェームスが折れる。
今やから分かる事やけど、ヴィヴィアンがあちこちで男の人をとっかえひっかえして遊んでるのを注意したりしてた。あの頃はどういう意味かも分からんかったし、二人ともオレには聞かせへんようにしてたもん。
今日の喧嘩はジェームスがヴィヴィアンに暴言吐いたって内容。多分、バイクで来る時にジェームスが珍しくキレてなんか言うたんやと思うけど、それを大袈裟にヴィヴィアンはドメスティックバイオレンスとか言ってる。
ジェームスの暴言って、言うほどちゃうと思うで。多分、ホンマにキレた時のヴィヴィアンのがよっぽどドメスティックバイオレンスな暴言を吐いてる。それにヴィヴィアンのが沸点低いし。
ジェームスはいくらか言い返したみたいやったけど、そのうち諦めたんか
「はいはいそーですね、俺が悪ぅございました」
って不貞腐れた顔をしてそっぽを向く。
オレはそんな二人がそばにいるのが嬉しくて、ちょっと笑った。
ゆりちゃんが不思議そうな顔をして、ルノには思い切り小突かれた。
「なに笑ぉてんねん」
「なんでもないで」
ルノはさっきからプログラムより通天閣のが気になるらしい。
「なあ、あれ登って帰ろうや」
「なんで?」
「ジャポネーゼはみんなエッフェル塔に登ってくやろ? 一緒やん」
「エッフェル塔と通天閣じゃ、かなり差があると思うけど」
「言っとくけど、エッフェル塔のエレベータって建設当時のもん、未だに使っとるやぞ。そんなおっそろしいもんに俺は乗った事あれへん」
ルノは真顔でそう言った。
ゆりがちょっと青ざめた顔をする。
「嘘やん」
「嘘ちゃうし、そもそもあれ、乗るのに何時間待たされると思ってるん? 二時間はかかんぞ。その点、通天閣は並んでへんやん」
ルノの理論、だいぶ問題ありやと思うんやけど、確かに2百年近く前に建設されたエレベータに乗れるほどの勇気はない。でもせっかく行ったんやったらUSJと似たようなもんやろ。二時間くらい並んだらええやん。しかもフランス人のくせに。
オレはジェームスとヴィヴィアンに尋ねた。
「登ってきてもええ?」
「はあ?」
ジェームスが首をかしげて、こっちを見た。
「なんにもないぞ、そんなの見たいか?」
「いいやろ? な?」
「そんなに高い所に行きたいんなら、スカイビルにでも登ってきたらいいだろ? 近所だし」
ルノがジェームスに向かって尋ねる。
「何それ、どこにあんの?」
「大阪駅の向こう側」
ルノは嬉しそうに笑って見せると、
「それも今度行こう」
とこっちを見る。
「じゃあちょっと行ってくるわ、すぐ戻るで」
こういう所は強引やなって思いながら、オレはルノに引っ張られながら、通天閣のチケット売り場に向かって直進する。ゆりちゃんがスケボー片手についてきた。
「なんでスケボー持ってんの?」
オレはゆりちゃんに尋ねた。
「探しに行くって言うてたから。うち、走るよりスケボーのが速いもん」
何故かドヤ顔をしてるゆりちゃんがおかしくて、オレは笑って、二人の間を歩いた。
「ルノって高いところ好きなん?」
「好きやで、USJとかも行きたいなぁ。ジャメルに自慢したんねん」
「そういやスパイダーマン出来たんやっけ?」
「それってマーベルちゃうん?」
「最近、USJのアトラクションって迷走してるって言うもんなぁ」
そんな話をしながら、ルノは窓口のお姉さんに三人ねと言う。
オレ、チケットの買い方もよく分からんのに、ルノって凄いなっていっつも思う。一人で世界屈指の複雑さの電車を乗り継いでどこにだって行くし、メニューが読めへん時は日本語で聞いて、好きなもん頼めてまうし。
ルノがサブウェイで、サンドイッチ注文してるのを見た時はホンマに凄いと思った。オレ、なんも分からんから、ルノと一緒でいいですって言うたのに。きっとUSJかて一人で特に困りもせんといってまうんやろなぁ。
ルノは迷いもせんと小銭もちゃんと使ってチケットを三枚買うと、にっこりしながらエレベータに向かって歩いてく。
オレはきょろきょろしながら、二人の後ろをついて歩いた。
「ルノってどれくらい日本語分かんの?」
ゆりちゃんがルノに尋ねた。
「う~ん。困らんくらいかな。漢字は苦手やけど、暮らす分には困らんなぁ」
「教科書は読めへんのに?」
「あんな暗号読めるわけないやん。フランス語で書いてほしいわ」
ルノはそう言いながら、こっちを見た。
「俺より、母国語が日本語の筈のダンテが、電車にも乗れへん事のが問題やと思うんやけど」
「ルノかてバイリンガルやろ?」
ルノはちょっと考えてから答えた。
「俺はパリジェンやから。姉ちゃんやジャンヌみたいに日本が母国とか考えた事もあれへんかったわ」
「来た事なかったん?」
「そりゃずっと昔に一回くらいはあるけど、奈良のド田舎にしかいてへんもん。こっちにはじいちゃんとかもいてへんし」
ゆりちゃんが不思議そうにルのを見上げる。
「でも確かパステル君達って親戚なんやろ?」
「あの双子はおかんの妹のとこやったし、何回かしか会うた事あれへんもん。アイツらのがよくフランスに来るし」
オレにはよく分からんかったけど、そう言えば高校に親戚がおるって言ってたっけなと思い出してた。でも母方の筈やって言うのに、そっちも苗字からして外国人やんな? なにそれ?
「それって噂の双子? 日本人ちゃうん?」
「あいつらもハーフやねん。あっちはアメリカ人やったと思うけど」
ルノはiPhoneを出して、こっちに見せてくれた。ルノがケンカしたっていう美人なのにトランスジェンダーの女の子が、真ん中で威張ってる。その右隣りのオレンジが多分、ルノのいう知り合いで、その反対側、左のそっくりなのがきっとパステル君やと思う。黒髪の女の子と不機嫌そうなルノも写ってる。
双子は背も高くてハンサムやけど、ルノとはあんまり似てない。髪の毛真っ赤やし、これでホンマに頭がええんやろか。
ゆりちゃんと二人でそれを見てたらエレベータが来た。乗り込みながら、オレは二人に尋ねた。
「ゆりちゃんもルノとおんなじ高校やったんやろ?」
「うちは理系クラスやから、その赤い髪の二人と黒髪の女の子が一緒のクラスやったよ」
「この子誰なん?」
「サムの彼女らしいんやけど、俺もよぅ知らんねん」
ルノはそう呟いて、こっちを見た。
「俺はオレンジとブロンド頭が一緒のクラスやった」
「あの子、有名人やもんな」
「いやぁ~、あの女は怖かったわ。パリにもあんなヤバい奴いてへんで」
「ルノ、喧嘩には勝ったんやろ?」
「え、うちはルノが負けそうになって、言い訳して仲直りしたって聞いたで」
「ルノ、話しちゃうで」
「失礼やな、俺は負けてへん。アイツら暑苦しぃて面倒やから仲直りを申し出たったんや」
「あの子、めちゃくちゃ強いので有名なんやで? 勝てる訳ないやん」
「ゆり、俺、空手黒帯持ってるんやけど」
「太陽ちゃんは資格なんか持ってないで。ルノ、知らんの? あの子ら、あっちこっちの政府に顔がきくほどのトレジャーハンターやってるんやで?」
「サムとオスカーが輝とやってた頃の事までやったら知ってるけど、アイツらそんな事やっとったんや」
「ルノの親戚、凄すぎひん?」
「いや、あっちは大企業の御曹司やから」
ルノはそう言って、ため息をついた。
ゆりちゃんが凄い不思議そうにしてる。スケボーに体重をかけて、ふらふらしながらルノの横顔を眺める。
「フランスで会った事はないん?」
「太陽はないな」
エレベータのドアが開く。
降りながら、ゆりはスケボーを持ち直す。
「アイツらがダヴィンチコードな事やってるなんて、俺は知らんで」
「ルノも一緒にやったらよかったのに」
「お断りや。俺はあいつら、好かん」
ルノはそう言いながら、オレを見た。
「俺の事より、ダンテの事、教えてぇや」
「え?」
ルノとゆりちゃんは真顔でこっちを見て、立ち止まる。スケボーが床にあたってかたんと音を立てた。
「ここやったら支部長もいてへんやろ。機密情報でもなんでもええけど、教えてぇや」
「うちも気になる。谷口暖って本名?」
オレは少し悩んでから、深呼吸して二人を順番に見た。
「オレ、戸籍上は死んでるって話したやん? オレもホンマの名前はよぅ分からんねん」
二人は同時に頷いた。
「死ぬ前の名前は山田煖。施設の前に捨てられてたから、院長先生の苗字を貰って、名前もつけてもらった。つい最近、ジェームスが支部長に就任して、オレに新しい戸籍をくれてん」
話すのがちょっと怖い。
「オレはジェームスとヴィヴィアンの養子で、今は谷口暖が本名」
ルノが割と明るい声で、笑った。
「ええやん。俺なんか竹田やで」
オレは顔を上げて、ルノを見た。
「なにそれ?」
「ミドルネームって普通はおかんの苗字なんや。せやから、フルネームはルノワール・竹田・フランチェスカ」
ゆりが噴いた。
「ヤバい、それなかなかヤバいな」
「太陽にはムーラン・ド・ラ・ギャレットって呼ばれてるしな」
「なんで?」
ゆりちゃんが不思議そうな顔をした。
「画家のルノワールが描いた一番有名な絵の名前」
「ルノワールって、蓮の池描いてなかったっけ?」
「それ、モネな」
ルノはくすっと笑って、展望台の窓に向かって歩いて行く。
「いつかゆりとダンテもパリに来てぇや。俺とジャメルがどこにでも連れてったるで」
そう言って振り向いたルノは間違いなくカッコええと思った。
「うち、ルーブル行きたい」
「おもんないで、普通や」
「いや、割と普通ちゃうで」
「それって二人が思ってる富士山と一緒やと思うけど」
ルノはにこっと笑うと富士山はどこやと楽しそうに辺りを見回した。
暗くなってきて、夜景がきれいや。
ゆりちゃんが楽しそうに笑う。
「見えんと思うで。ルノはどこか行きたい所ないん?」
「ニンジャとサムライとゲイシャが見たい」
ゆりちゃんが笑いながら、オレに向かって言った。
「絶対アニメで日本を間違ってるタイプやと思わへん?」
「俺がアニメ好きなんとちゃうで。ジャンヌとジャメルがずっとアニメ見てんねん」
ルノはムキになって、ゆりちゃんに言い返した。
「ちなみに何を見てたん?」
「キャプテンアルバトールとセーラームーンとケンシン・ル・バガボン。あとはナルトとエドガール・ド・ラ・カンブリオール見てたで」
セーラームーンとなると以外に知ってる単語がなくて、オレはもっかい尋ねた。
「今なんて言った?」
「だから、キャプテンアルバトールや。知ってるやろ? 超有名ちゃうん?」
ルノがめちゃくちゃ不思議そうな顔をしてこっちを見る。
「それってどんな話?」
ゆりちゃんが尋ねた。
「宇宙を股にかけたかっちょええキャプテンがさすらってるアニメやん。肩に黒い鳥がのってる、かっちょええマントの」
「誰やそれ」
「フランスじゃめちゃくちゃ有名やで。ほら、レイジ・マツモトの」
「それ、キャプテンハーロックちゃうか」
オレはルノに尋ねた。
「嘘やん」
ルノがめちゃくちゃショックを受けたような顔をした。
「俺、あれだけは好きやったのに」
「エドガールなんとかってのは?」
ゆりちゃんが不思議そうに尋ねる。
「ほら、ICPOのガストンに追っかけられる、大泥棒のアニメやん。キャストル・カリオストロが有名なアレ」
まだ分かってなさそうなゆりちゃんに、オレは言った。
「それ、多分ルパン三世ちゃうか?」
「それって誰?」
「アルセーヌ・ルパンの三代目の話やん」
「エドガール、そんなんちゃうかったで」
俺はポケットからiPhoneを出すと、ちゃちゃっとルパンを検索して見せた。
「これやろ?」
「それや。ジャメルがハマってたやつ」
ついでにキャプテンハーロックも検索して見せた。
「これがハーロック」
「キャプテンアルバトール!!!」
ルノがデカい声で嬉しそうにそれを見る。
「著作権かなんかで題名が違うんちゃう?」
「ああ~、納得」
ルノが一人でショックを受けて、手すりにもたれかかる。
「アルバトールがハーロックやなんて、マジショックなんやけど」
「オレに言わせれば、銭形のとっつぁんがガストンな事のが衝撃やわ」
ゆりちゃんが頷く。
「言えてるわ、それはない。っていうかエドガールって誰やってレベル」
ルノがめっちゃ頷く。
「通りでジャンヌがやたらめったら日本語版の漫画ばっかり読んでた訳や」
「妹のが賢いんちゃう?」
「当然やろ。この俺がめちゃくちゃ可愛がって育てた子やぞ」
「妹やんな?」
「そうやで」
これがあれか。カルチャーショックってやつやな。やっぱりヨーロッパの方が家族を大切にする文化なんやろなぁ。日本のアニメをルノが観てたとは思わんかったけど。
ゆりが笑った。
「うちはルノがセーラームーン観てた事にびっくりしたわ」
「しゃーないやん。うち、姉ちゃんと妹なんやから。ハンナモンタナも一緒に見たで」
オレも思わず笑った。
ちょっと前にヴィヴィアンがハマってたっけ。家でずっとマイリー・サイラスの歌が流れてて、ジェームスが鬱陶しそうにしてた。
きっとルノはいっつもあんな感じやったんやろな。
オレはちょっと笑いながら、ルノに尋ねた。
「じゃあルノがホンマに好きで見てたんは松本零士が多いんや」
「ダンテ、あれは別格で超有名やから」
ルノはそう言いながら、こっちを見た。
ゆりちゃんがスケボーを手すりに立てかけると、景色を眺めて微笑んだ。
「フランスか、行ってみたいなぁ」
オレもやって、そう思った。
でも口に出す前に、背中に冷たくて硬い物が押し当てられる。
「来てもらうで」
めっちゃ関西弁の女の人の声やった。
でもそう。どっかで聞いた事がある。優しくて低い声。せや、どことなくルノに似た声なんや。
オレはiPhoneを落っことしながら、固まった。ルノが目を見開いて、こっちに向かってきた。
「ジジ」
その女の人は、オレのパーカーを掴むと少し横に乱暴に押して、ルノに銃を見せた。オレは横目にそれを見て、背筋が冷たくなるのを感じた。
ジジってルノのお姉さん?
ルノが立ち止まる。そのまま、少し低い声で何か話しかけた。多分フランス語。なんて言ったんかは分からんかったけど、お姉さんはそれにフランス語で短く答える。
オレはジェームスとヴィヴィアンが、どうしてたか思い出す。
液晶モニタ越しにしか見た事ないけど、銃身をそらせば当たる事はない。ここは観光地やし、一般人もおる。撃たれる事はない筈や。確か、ヴィヴィアンは利き手で銃身をそらして、手を蹴ってた筈。格ゲと一緒やと思えば怖くない。
オレは右手を少し動かした。
「恨みはないけど、あんまり騒ぐようなら撃ってもええんやで」
お姉さんはそう言って、ぐりっと銃口を背中に押し付けた。
これ、バレてるよな。ヤバいやつやん。死亡フラグ立ったんちゃう? 絶対フラグ立った。
その時やった。
軽やかに赤いスケボーが飛んできて、銃口が背中から離れる。がとんと音を立てて、スケボーが床に落ちて、転がっていく。
振り向くと、きれいな黒髪の女の人が頭を押さえてひっくり返ってるのが見えた。写真で見た。ルノのお姉さんや。
ゆりちゃんがオレの腕を引っ張って、ルノのお姉さんから引き離す。同時にルノが走っていった。
「ジジ」
ルノがそう呼んで、きれいなその人の腕を掴んだ。それでも銃を離さんと、ルノの顔面を遠慮なく引っぱたいた辺りにはちょっと感心する。
「何すんねん、このアンサロあばずれ女!」
ルノが怒鳴った。
「それはこっちのセリフや、サルテ」
銃を見て、辺りにおった人達が一斉に階段に向かって走っていく。ルノが怒鳴る。
「俺の友達に手ぇ出すんやったら、姉ちゃんでもボコんぞ」
「やれるもんならやってみぃ! たかだか黒帯で自慢しとんちゃうぞ」
「パリの悪魔をなめんな」
「何が悪魔や、前に小が付くんちゃう?」
二人はそんな調子で言い合いをしてたけど、お姉さんが一人やない事に気が付いて、オレはゆりちゃんに囁いた。
「ジェームス呼んで」
数は三人。みんな日本人みたいやけど、お姉さんもアジア系にしか見えへんからちょっと分からんな。でも大型の銃を持ってる訳ちゃう事は分かった。どの銃口もルノを狙ってる。
「ルノ、危ない」
オレはルノに叫ぶ。
ルノは知るかと返すと、拳を握って、思いっきりお姉さんをぶん殴った。それも顔面。相手、女ですよって思ったのはオレだけやろか。
「クソジジ、アンサロ、あばずれ!」
ルノがそう怒鳴りながら、もう一回拳を引く。
でもお姉さんはルノのシャツを掴むと、思い切り頭突きをかまして怒鳴った。
「ルノは騙されてるんや」
「それは姉ちゃんやろ。何を言うてんねん」
なんか、似てへんから兄弟喧嘩っていうよりは痴話喧嘩に見えるけど、ルノは痛そうに顔をゆがめて、お姉さんに何か呟いた。お姉さんはルノを突き飛ばして、立ち上がる。
「ルノがそう思うんやったら勝手にしぃ。うちは知らん」
「ジジ!」
しりもちついて叫ぶルノを見てたら、お姉さんはこっちに向かって歩いてきた。
「来てもらうで」
「え、オレ?」
「お願い。妹の命がかかってんねん」
ルノが怒鳴った。
「姉ちゃんも知ってるやろ? ジャンヌはもう死んだんや、目ぇ覚ませや!」
「死んでへん」
お姉さんがそう怒鳴り返す。
ルノがあっけにとられた顔で、お姉さんを見上げる。きれいな黒髪を揺らして、お姉さんはルノを見下ろして怒鳴った。
「ルノこそ目ぇ覚ませ。ええ加減にして」
その声に、ルノは黙った。
でもそれと同時にジェームスが踏み込んできて、勢いよく隠れてた人を吹っ飛ばした。お姉さんがオレの腕を掴んで、撤退しようとするのを見て、勢いよく突っ込んできたのはヴィヴィアンや。
「うちの子に触らんとって」
ヴィヴィアンがそう怒鳴った。
ヴィヴィアンの拳を避けるためにオレから手を離したから、お姉さんはつらそうな顔をこっちに一瞬向けた。でもすぐにひらりと体をひねると仲間と一緒に走り出した。
いつもよりすっごくカッコよく見えるヴィヴィアンを見上げて、オレは立ち上がった。ゆりちゃんがルノのそばまで行って、優しい声で名前を呼んだ。
「ルノ、大丈夫?」
ルノは通天閣の床を殴りつけて、フランス語で怒鳴った。
「ピュタン」
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