慎太郎のいない部屋 誰も見てない私
「スーパーイーツです‼︎ ……おい天笠ァ‼︎ メシ届けにきたんだから出てこい、聞こえないのかコラァ‼︎」
日曜日の昼。インターホン越しに怒鳴り声が響いた。 どう聞いても、配達員らしからぬテンションだった。
白葵は玄関まで歩きながら、ふと気づく。
──あれ? 何も着てない。
素足のまま、何も羽織らずドアの前に立っていた。そういえば昨日、バニティネルを紛失して慎太郎が消えて、帰宅してからシャワーを浴びてそのまま布団の中で泣いてるうちに寝ちゃったんだっけ 、その事実を特に深刻にも思わず、そのままドアを開けた。
そこに立っていたのは、配達員というよりただの元気な中年男性。 「にやっ」とした笑顔が、次の瞬間、石像のように固まる。目の前に無表情にして全裸の20代女性。しばしの混乱の末、男の顔は固まりきった仏像のような顔になった。白葵は無言でお金を渡し、ラーメンの袋を受け取った。そして静かに、ドアを閉めた。
ー暗い部屋の 片隅 微かに光る ガラスの中 秘密を閉じ込めた
連続テレビ小説 「酸賀憲造ーさんぱんー」
「お前も異世界の知的生命体なのか?それとも別の生命体か?一体なんなんだ調べさせろ!」
テレビは深夜からずっとつけっぱなしで、内容すら頭に入ってこない。
その前に胡座をかいて、湯気の立つラーメンをずるりと啜る。
啜るたびに、汁が胸から腹にかけて垂れる。服を着ていないから、熱い液体がそのまま胸からお腹にかけての皮膚を打つ。それが、びっくりするくらい不快だった。
ー研究対象 生体反応とそれに伴う感情‼︎
ーわずかな変化も書き込もうきづけばもうマグカップ七杯目のコーヒー‼︎
連続テレビ小説 酸賀憲造ーさんぱんー 次回は「辛木田くん」
主演俳優が慎太郎にそっくりだった。それに気づいてテレビを消した。体に飛んだ汁は慌てて拭こうともしなかった。 熱いと感じることに、ちょっとした罪悪感があった。晋太郎がいなくなっただけで、こんな格好で人に会ってものまで食べてる自分が悪いのだから、という納得を添えて。
何度もスマホを手に取っては、開かずに戻した。誰かに連絡したい気持ちはあった。でも、今の自分を誰かに見せるのは、たとえ文字越しでも無理だった。
午後になっても、カーテンは閉じられたまま。 部屋の空気は淀み、時間だけが音もなく過ぎていく。
これで何かが終わるわけでもなく、始まるわけでもない。 ただ、服を着ない日曜日が、だらだらと終わっていく。
夜になって、お腹だけはすいた。
ジャージを引っ張り出し、下着もつけず、そのまま頭と足から被った。 ノーブラ・ノーパン。寝癖のまま、ファスナーも半開きで、最寄りのコンビニへ。
誰かに見られたらどうしよう、なんて気持ちは、不思議と湧かなかった。 誰も私を見ていない。そう思ったほうが、楽だった。
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