=== 004 ===

第36話 悪役聖女と王都の動揺

 サン・マドリアから王都への帰路は、行きとは全く違うものだった。

 私達の活躍は、既に王都にまで伝わっていたらしい。街道沿いの村々では、民衆が「聖女様!」と歓声を上げ、王都の門をくぐった時には、ちょっとした凱旋パレードのような騒ぎになっていた。


「冷酷非情な魔力マルサ」という不名誉な称号は、もはや過去のもの。「眠り病」から人々を救った「奇跡の聖女」「救国の英雄」として、熱狂的に迎えられている。


(……いやいや、お待ちになって。わたくし、悪役聖女なんですけど!?)


 民衆の歓声に笑顔で応えながら、私の内心は、この予想外すぎる状況に、激しいツッコミの嵐が吹き荒れていた。


 クレスメント邸に戻った私は、早速、クロードとライナーを招集し、サン・マドリアで得た情報の整理と分析を行った。


「拘束した構成員たちの口は堅いようです」


 クロードが、険しい顔で報告する。


「ですが、いくつか分かったこともあります。『アルカナの天秤』は、複数の班に分かれており、今回捕らえたのは、あくまで末端の実行部隊に過ぎないこと。彼らは集めたエネルギーをどこかへ転送していましたが、その転送先や、上層部の情報は誰も知らなかった、と」

「あの仮面の野郎が使ってた、転移の魔道具も厄介だ」


 ライナーが、苦々しげに付け加える。


「ありゃあ、相当な年代物の古代遺物アーティファクトだ。あんなモンをぽんぽん使えるってことは、奴らの組織にゃ、とんでもない金と技術があるってことだ」


 敵は、私達が考えている以上に、巨大で、そして狡猾だった。


「リディア様。もう一つ、気になる報告が」


 クロードが、声色を潜めて言った。


「我々がサン・マドリアへ行っている間、もう一人の聖女様……ヒロイン殿が、王都で精力的に活動されていたようです。慈善活動に勤しみ、その評判はさらに高まっている、と」

「別に、不思議なことではないでしょう?」

「ええ、表向きは。ですが、彼女が、王宮の侍医と、極秘に、そして頻繁に接触しているという情報があります」


 侍医? ゲームでは、ヒロインと侍医に、特別な接点はなかったはずだ。

 胸の中に、新たな疑惑の種が蒔かれる。彼女、次に一体、何を企んでいるというの……。


 数日後、アルフォンス殿下の謹慎が解かれた。

 謹慎明けの初公務として、私と殿下は、国王陛下に玉座の間へと召し出された。

 久しぶりに公の場で見た殿下は、どこか吹っ切れたような、以前よりも精悍な顔つきになっている。短い謹慎期間が、彼を少しだけ成長させたのかもしれない。

 国王は、サン・マドリアでの私達の功績を労い、私には褒賞として、望むだけの活動資金を国庫から自由に引き出す権利を与えた。そして、殿下には、改めて、力強い声で命じた。

「アルフォンス。これからも、聖女リディアを支え、共にこの国の安寧に尽くすのだ。よいな」

「……はっ」


 殿下の返事には、以前のような不満の色はなかった。


 謁見が終わり、二人きりになった廊下で、殿下が、ふと私に話しかけてきた。


「……リディア。お前の、次の手はどうするつもりだ」


 その問いは、もはや、私を試すものではない。共に考え、共に行動しようとする、彼の意志の表れだった。

 私は、一瞬ためらった後、彼にだけ、あの情報を打ち明けることにした。


「殿下。少し、気になる情報がありますの」


 私は、声を潜めた。


「もう一人の聖女様が、王宮の侍医と、頻繁に会っているようなのです」


 その言葉を聞いた瞬間、殿下の顔色が変わった。


「……侍医だと? まさか……」


 彼は、何か、最悪の可能性に思い至ったかのように、絶句している。そして、絞り出すような声で、呟いた。


「……父上の、持病のことか……?」


 国王の健康問題。国家の根幹を揺るがす、新たな、そして、あまりにも危険な疑惑が、静かに、しかし確かに、私達の目の前に姿を現したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る