魔王のせいで食糧難だけど食べられたくないので強くなります(お試し版)
九戸政景
本文
「ハッハッハッ……!」
ある日の暗い山道、ボクは必死になって走っていた。走る理由は簡単。走らないと殺されてしまうから。
「待てー!」
「おとなしく捕まってろー!」
追いかけてくる奴らの声がする。イヤだ。ボクは捕まりたくなんてない。捕まって殺されるなんてまっぴらごめんだ。
「魔王のせいで俺達は食べ物がないんだ。それこそお前みたいな奴に与える食べ物すらないくらいにな!」
「お前さえ捕まれば俺達は生き残れるんだ。だから、さっさと捕まっておけ!」
勝手な事ばかり言う。たしかにこの世界ではいま魔王とかいう奴が色々悪さをしていて、それのせいで滅んだ国もあるって聞いた事がある。だから食べ物がないっていうところも多いし、この村だってそうだ。でも、だからと言ってボクを捕まえていい理由になんてならないはずだ。捕まるくらいならいっそ。
「……お、アイツ止まったぞ」
「ようやく観念したか」
追いかけてきた奴らが安心したように言う。たしかにボクは足を止めた。でも、それは諦めたからじゃない。生きるためには戦わないといけない。そしてその戦うべき相手は。
「アオーン!」
夜空に輝くお月さまに向かって一声吠える。見ててね、お月さま。ボクはしっかりと生きるから。気合いを入れてからボクは一本の木に向かって走り出す。
「な、なんだ……?」
「アイツ、木に向かって走って何を……」
追いかけてきた奴らが不思議そうに言う。たしかにこのままだとぶつかるだけだろう。でも、ボクにだって考えはあるんだ。木の根もとまで前足が来た時、ボクはそこで軽く踏み切って飛び上がる。そして木に向かって飛んでから幹を強く蹴ってボクはアイツらに向けて軌道を変える。しっかりと牙を向きながら。
「な、なに……!?」
「アイツ、俺達に歯向かって……!」
アイツらは驚いて動けないみたいだ。その隙にボクはその内の一人の喉笛に牙を突き立てる。その瞬間、ソイツは小さな声を上げ、牙を離すと突き立てたところからは赤い血が吹き出してそのまま倒れた。これでいい。
「ひっ……や、止めろ……!」
もう一人が怖がり始める。でもそんなの知った事か。怖かったのは犬のボクだって同じ。なのに、コイツらはこんなところまで追いかけてきたんだ。だから許さない。食料になるのは、お前達だ。
「う、うわあぁーっ!」
ソイツの悲鳴が響く中、ボクはソイツの喉笛にも噛みつき、動かなくなった後に二人の死体をむさぼる。ボクにとっても久しぶりの食料だ。しっかり食べよう。そして食べ終えた時、ボクは思った。このままでいいのかと。
「クゥーン……」
今回はどうにかなったけど、食糧難は珍しくないし、また同じように追いかけられる可能性はある。そして今回は魔法は使われずに済んだけど、次は魔法や弓矢を使われて遠くから攻撃される可能性もある。そんな事になったらボクはなすすべなく倒されて、食料としてソイツらのお腹の中だ。そんなのはイヤだ。
「バウ!」
だからボクは強くなろう。モンスターみたいな特殊な力も人間や亜人達のような武器もなければ魔法も使えない。でも、頑張って鍛えれば強くなれるし、今みたいに返り討ちにして食料にありつける場合もある。そしてゆくゆくは、ボクがこんな目に遭った原因の魔王に一言文句を言ってやるんだ。
「アオーン!」
空の上のお月さまに向かってまた吠える。あの綺麗なお月さまに誓う。必ずや誰よりも強くなって、食料に困らないような生活をしてみせると。
「わふ!」
血と肉で汚れた口をある程度綺麗にしてからボクは闇の向こうを見る。行き先を決めたわけじゃないけど、旅立てば強くなれるはずなんだ。強くなった自分を想像しながらボクは旅の第一歩を踏み出した。
魔王のせいで食糧難だけど食べられたくないので強くなります(お試し版) 九戸政景 @2012712
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